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●研修おたく海を渡る

第54回テーマ

品質管理

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 優れたがんセンター“Center of Excellence”であるために,どうすれば,診療の質を保つことができるのでしょうか.

 うちの大学では受付から受診までの時間,スタッフ,医師の身だしなみを含めた対応,サポート体制などは,患者満足度としてPress Ganeyという外部の調査企業や院内でも調べられています.ただ,患者満足度と診療の質は必ずしも相関しないとも言われています.

 多種多様な患者を相手にしながら,どこまでエビデンスがあり,何がスタンダードかを一人でカバーするのは,至難の業です.しかもエビデンスやスタンダードは,新しい治療法の出現により覆されることもあるのです.

 独りよがりの診療にならないために,peer reviewといわれるほかの医師からの意見を参考にする仕組みは必須です.その一例がTumor Boardあるいはmultidisciplinary clinicと呼ばれる複数の診療科の同時受診です.では,そのような環境にない場合は,どのようにして診療の質を保ち,また向上させることができるのでしょうか?

 全米臨床腫瘍学会ASCO(American Society of Cinical Oncology)主導のQOPI(Quality Oncology Practice Initiative)と呼ばれる診療の質を改善するためのプログラムが2006年から始まっています.うちの大学でも先日,導入の検討会が開かれました.

 QOPIではいくつかのカルテを引っ張り出して,カルテの記載事項,具体的には診断から病期決定までにかかった時間,抗がん剤の選択,投与量,スケジュール,治療サマリーが記載されているかといった基本情報を医師自らがインターネット上で報告します.痛みについて医師から問いかけ確認したか,禁煙指導をしたか,心理的・社会的サポートについても考慮したかなどが,ベンチマークとして測定されます.ホスピスへの紹介のタイミングなどもチェックします.そのあと,疾患別の調査がされます.現時点では,乳癌,大腸癌,肺癌,非Hodgkinリンパ腫が行われています.HER2やK-Rasの確認をしたか,また肺癌では,腺癌,扁平上皮癌の区別をつける努力をしたかなどがチェックされます.

 この過程でガイドラインの再確認,腫瘍臨床試験結果の確認を行い,自分の得意分野,苦手分野を洗い出します.後日,集計された結果から,ほかの医師がどんな診療をしているか,参加者中の自分の診療の位置を確認し,診療の質の維持向上につなげます.

 サンプル数が多くなればなるほどQOPIの信頼度は増します.多くの参加者を募るために,数々のインセンティブが与えられています.

 その1つは,QOPIプログラムでスタンダードの診療をしていると認定されると,保険会社からの診療報酬支払いが,スムーズになります.また,認定医更新試験のためのポイントや,州の医師免許更新のためのCME(continuous medical education)のポイントにもあてられます.CMEはがん診療にかかわらずあらゆる領域で進められています.興味のある方は,アメリカでメジャーな医師向け医療情報サイトの1つであるMedscapeの中のhttp://cme.medscape.com/をのぞいてみてください.iPhoneでも受講できるようです.

 このQOPIプログラムの特徴であり,問題点とも指摘されているのは,診療の手順に焦点を絞るが,診療の結果である治療成績はあくまで問わないところです.

 「品質管理を怠ると,あのトヨタでも信頼を一瞬にしてなくす」と同僚がトヨタを連呼するのは,なんとも気まずいものでした.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.