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●研修おたく海を渡る

第47回テーマ

ニールの流儀

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 腫瘍内科医が10人近くいるような大きな開業グループは別として,通常,腫瘍内科医の多くは,General oncologist(総合腫瘍内科医)として働いています.彼らは,最も多い患者層である乳癌,大腸癌を中心として,肺癌,さらには欧米で多くみられる慢性リンパ性白血病といった血液疾患までカバーします.ともすれば「広く浅く」なってしまうのではと考えるところですが,前回紹介したニールは違います.

 開業医からアカデミア(大学病院)に出戻ってきたニールの流儀を紹介させてください.普段からフェロー対象のカンファには,時間さえあれば必ず参加し,隙あらば質問して帰っていきます.多岐に渡る腫瘍について,標準治療を知るだけでなく,最先端の情報にも通じています.いったいどんな風にアンテナを張っているのでしょうか? 一度,彼の外来をのぞかせてもらったことがあります.

 通常,腫瘍内科医であれば常識と考えられるBread and butterと呼ばれる典型的なケースを除き,複数の選択があるときには再確認するため,NCCN(National comprehensive cancer network)のガイドラインにあたってから診察を始めることはよくあります.僕は,これでなんでも知っているかのような顔をして,診察室に入っていくこともあります.

 でもニールのスタイルは違います.初診時には,診察室にあるコンピュータからガイドラインにアクセスして,患者と一緒にフローチャートを確認していくのです.「少し時間はかかるけど,どうせ診察室の外でやっていることだから,たいして違わない.しかも患者の満足度は圧倒的に高い」と彼は言います.uncertainty(不確定要素)があるという事実も同時に確認しながら,患者に意思決定の過程を見てもらいます.信頼度の高いガイドラインを使っての説明です.満足度が低いわけがありません.「こんなにわかりやすく説明してもらったことがない」と多くのコメントが,がんセンターの広報誌には載せられています.それだけでなく,「日頃はみないがんでも,最新のガイドラインの確認を診察時間を使ってできるのだから,知識の整理のためにも,こんなにおいしいことはない」とニールは言います.さらに稀ながんに出くわしたときは,豊富な人脈を駆使して,その場で直接電話をしたり,メールを送ったりします.紹介がベストだと判断すると,すぐに初診の予約まで取ってしまいます.最先端の情報と,いつどこに紹介するべきかという頭のデータベースも書き換えるのです.

 いまや開業医も,自分たちの治験グループを作ったり,CALGB,ECOG,SWOGといった治験団体に参加して積極的に患者の登録,つまりエビデンスを作る側になっています.豊富な臨床治験の数と,コーディネーターを含めた充実したシステムを売りに,患者だけでなく医師の勧誘を進めるグループもあります.豊富なtissue bank(組織バンク)をもとに,アカデミアとの連携を強めるグループもあります.これまでエビデンスを作る側のアカデミアとエビデンスを実践する開業医というイメージがありましたが,腫瘍内科の世界においては,それも変わりつつあるようです.

 あまりにも膨大な知識量をもつニールに,なんでそんな昔の臨床研究のことまで細かく覚えてるんだ? と聞くと,「自分がかかわっていたトライアルだから.君だって,今かかわっているトライアルのことなら20年経っても覚えてるって」そして「今までのことも大事だけど,君たちはこれからの人なんだから,新しいことを考えて」と諭されてしまいました.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.