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●研修おたく海を渡る

第42回テーマ

ラボを動かす力

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


いままで,じっくりと腰を据えて研究する時間をもってこなかったのですが,最近,臨床試験と基礎研究を組み合わせたTranslational Researchを進めるための話し合いに出る機会が増えました.くっついたり,離れたり,コラボレーションと呼ばれる共同研究がさかんに行われています.

アメリカ人だけでなく,中国人,トルコ人,もちろん日本人研究者もいます.ちんぷんかんぷんな議論にただじっと座って耐えることもありますが,多くの研究者たちと触れるチャンスを得たことで,ずいぶん刺激を受けました.今回は,そこで気付いたリーダーの特徴,ラボを動かす力について感じたことをつづってみたいと思います.

オバマ大統領の就任により,金融,自動車業界だけでなく,科学研究にもObama’s Stimulus Packageが出ることになりました.NIH(国立衛生研究所)に,そこから100億ドル(1兆円)の予算が追加になったのです.これを受けて,うちの大学でも最近,チャレンジグラントと呼ばれる特別なグラント書きが急に活発になっています.

グラント書きが研究室のボスの仕事であり,グラントなしではラボも消滅してしまうとはいえ,ここぞとばかりに数週間に数十ページもあるグラントを2つも3つも書き上げる集中力,実行力はさすがです.

「まぁ,当たる確率は5%ぐらいでしょうか.ただ,買わなければ宝くじも当たらないですからね」「ハーバード,ハーバード,ハーバードと続く中に,サウスカロライナってのがあった方が目につくでしょう」とのこと.“研究はバクチ”“とことん前向きでないと,研究者としては続かない”と言われますが,その裏には数年サイクルのグラントを途切れることなく実力で獲得し続けてきた自信が感じられます.

先日も,RO1と呼ばれるNIHの大口グラントを3つも持っているラボのミーティングに参加しました.研究員がコーヒー片手に,アットホームな雰囲気の中でそれぞれの一週間の実験について報告します.ボスはといえば,予想とはかけはなれた実験結果でも,“That is interesting!”を連発して,その結果から連想を広げていくのです.それにつられてラボ全体が高揚感に包まれていくのがわかります.そのアイデアの広がりと奥深さ,エネルギッシュに蕩々と語り出す姿には,「こうやないとあかんのやなぁ」と感心させられ,また圧倒されました.

ただ楽観的なだけではありません.サイエンスにはとことん厳しいです.「そんな中途半端な結果では,論文にしようとすること自体が恥ずかしい」「AからBに直接いけるのに,AからC,CからBにい くような無駄なことを,俺の前ではするな」といった発言も容赦なく見られるのです.

時には辛辣な発言がありながらも,全体として,「やってやろう」という雰囲気にラボがなるのは,リーダーの資質でしょうか.また,リーダーのビジョンがうまく伝わっているということでしょうか.「ラボを動かす力」がなんなのか,もう少し観察してみたいと思わされた一日でした.

先ほどまで興奮していた研究員が,ラボに戻ったとたん「ボスと話しているときは,自分の実験がバラ色に見えたけど,やっぱりトンネルには出口はなく,明かりなんか見えないんだ」なんて冗談を言っているのを聞いたり,あるボスが,スポーツジムで「走るのしんどいなぁ.まぁ今日は,2マイルでやめとこう」と弱音をはいているのを聞くと,やっぱ人間なんやとほっとさせられもします.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.