HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻12号(2008年12月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第36回テーマ

Tumor Board(癌症例検討会)のお作法

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 以前,Tumor Boardといわれる症例検討会について紹介しました(第18回参照).そこには,腫瘍内科医,腫瘍外科医,放射線治療医だけでなく放射線診断医,病理医,また看護師,ソーシャルワーカー,臨床治験コーディネーターといった多くの人が参加します.これだけの幅広い職種が参加するTumor Boardです.工夫や努力をしないと,うまくいかないものです.

 まず症例を提示する人が,この集まりで何を明確にしたいのかをはっきりしておくことが必要です.ポイントは治療,診断,それとも経過観察の仕方なのでしょうか.治療であれば,手術でいくのか,はじめは化学療法で小さくしてから手術するのか,それともchemoradiation(放射線化学療法)で押すのか,自分なりの意見を準備しておくことが大事です.治療方針だけでなく,画像や病理所見の確認が,症例提示の理由になることもあります.

 テンポよく進めるために,最初の5症例を,考えさせられる教育的な症例で固めじっくり議論したり,後半をbread and butterといわれる典型的な症例にするなど,流れを整える工夫も必要です.

 発言を引き出すためには,タイミングよく話を振ったり,発言に対して批判的にならずにほめ上手になることが重要です.みなさんもご存じのように,米国では,“That’s a good question.”とか“The point is well taken.”という言葉が,よく使われます.「それは重要なポイントですね」とか,あるいは無理矢理にでも「今の発言には,大事なポイントが隠されていますね」なんて枕詞のように,いっぺん使ってみるのもおもしろいかもしれません.

 Tumor Boardは,患者の治療方針を決めるという本来の目的だけでなく,チームのコンセンサス(共通理解)を深めるため,チームで成長するための教育の時間なのです.各科のレジデント,フェローが入れ替わる新学期には,一つ一つの症例検討も,どの治験の結果をもとに,またどうしてそう考えるかといった点までかみ砕いて行われます.現在の治療法に至るまでの「a little bit of history」(歴史)が学べるのです.若手が陥りやすい点を指摘したり,過去の失敗談をshareしてくれたりもします.時間がかかるときもありますが,今後の議論をスムーズにするための先行投資なのです.

 先日,癌の治療中もたばこを吸い続ける患者に,高価な分子標的薬を使うべきかという議論が始まりました.「患者本人が,治療に参加協力していないのだから,高価な薬を使う必要はない.もっと他に使うべきだ」という意見と,「たばこ依存も病気なのだから,まとめてどちらも治療する必要があり,分子標的薬を使わない理由にはならない」という意見が出ました.こうなると,個人の価値観の問題です.落としどころはなかなか見つかりません.毎回,こんな議論が続くと正直うんざりもしますが,たまにはこういった議論があっても,考えさせられるきっかけになるのでいいのでは,と僕は思っています.

 あんまり形式ばっていると長続きしません.ぼーっとしていると「じゃあvote(投票)してください」「chemoradiation,それとも手術?」と決断を迫られます.生検前の腫瘤を前にして「良性か,悪性か?」とbet(賭け)が始まることもあります.

 この「賭ける」というのが,大事なのだと,老練な進行役は言っていました.「Tumor Boardというリスクの少ない場で,自分を主治医の立場におき,自分なりの意思決定をする」ことが必要だと.聞いているだけではダメなのです.この「active engagement」を繰り返すことで,初めて成長できるのだそうです.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.