HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻6号(2007年6月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第18回テーマ

Tumor Board

白井敬祐


 僕のいる大学病院のがんセンターでは,必要であれば一回の外来受診で腫瘍内科医,腫瘍外科医,放射線治療医の診察を受けられるシステムになっています。同じフロアに同時に三者がそろい,その場で意見の交換ができることが特徴です。ただ診察代は3倍になってしまうのですが……。そこで意見を交換してもまだ意見が分かれる,すなわちいろいろな解釈ができる症例は,Tumor Boardと呼ばれる週一回開かれる症例検討会でさらに話し合われます。

 腫瘍内科医,腫瘍外科医,放射線治療医に加えて,さらに放射線診断医,病理医,また看護師,ソーシャルワーカー,臨床治験コーディネーターも参加します。乳癌,頭頸部癌では,再建にかかわる形成外科医も加わります。ここでは,がんの状態だけではなく,患者さんの状態,家族のサポートがしっかりしているのか,いないのかといった社会的状況も考慮に入れたうえで,治療の選択肢を探っていきます。

 このTumor Boardは,乳癌,肺癌,消化器癌,頭頸部癌などと臓器別に分けられており,それぞれの専門家が出席します。僕らのようにトレーニング中であるフェローは,症例の追体験と議論の進め方を学ぶためできるだけすべてのTumor Boardに参加することを求められています。

 しかし症例検討会を開きさえすれば,活発な議論がされるというわけではありません。やはり上手な進行役が必要になります。僕のいるサウスカロライナ医科大学には肺癌の分野にDr. Mark Greenという有名な人がいます。ドラマERにも,出てきた名前です!……。もちろん別人です。臨床は引退し,アメリカのあちこちでがん専門医を相手にセミナーの司会進行役をしたり,論文の解説を書いたりしています。今でもうちの肺癌の症例検討会にはラフな格好で,ふらっと現れ,話し合いを活発にする手伝いをしてくれています。「じゃあこの患者さんがおまえのお母さんやったらどっちを勧めるんや。手術で切んのか,それとも抗がん剤と放射線治療を組み合わせんのか」

 うまい進行役がいると,何がわかっていて,何がわかっていないのかがはっきりしてきます。会議の途中にも「Let me summarize!」とところどころで論点を明確にしてくれるのです。

 彼によると,こつは,「よく聞く」,「上手に質問する」,「攻撃的にならずに相手をrespectする」ことだそうです。なんでも基本は同じですね。

 当然,ひとつの決まった答えがあるわけではなく,患者さんの病気に対する考え方,またがんの状態も刻々と変わっていきます。そのなかで,どこまでわかっていて,どこからがまだわかっていないのかをお互い確認しながら,現時点でもっとも納得のいく治療方針を追求していくのです。もちろんそれが本当に正解かどうかはわかりません。

 こういった大勢での議論を,ただ責任の分担作業をしているだけだという口の悪い人もなかにはいます。それぞれが思い思いのことを語り出したり「みんな,自分がここにいるっていうのをアピールしたいだけなんちゃうか?」と思うときもあります。

 「専門家が専門家として高いお金をもらうのは,グレーゾーンすなわち判断を迷うところで,責任を取って決断をするからだ。すべてにエビデンスがあって誰でも決められることなら,スペシャリストはいらない」というのは僕のメンターがよく言うセリフです。といっても一人だけで決めるのはやはり難しいです。多くの不確定要素があるなかで,みんなが納得できる落としどころを見つけるためにこういった症例検討会があると助かります。他の部門との連携もうまくいくようになるのではないでしょうか。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。