HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻8号(2007年8月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第20回テーマ

延命治療を止める時
Withdrawal of Care

白井敬祐


 前回は,ホスピスでの見学についての報告をしました.今回は,最近日本でも話題になっている“DNR/DNI”,“Withdrawal of Care”(「どう延命治療を中止するのか」)について,きわめて限られた経験からですが紹介してみたいと思います.

 高齢の重症患者さんが入ってきたり,進行したがんの患者さんが入ってくると,必ずそのときにレジデントが確認する必要があるのが,DNR/DNIです.DNR/DNIというのは,ご存じのようにDo Not Resucitate/Do Not Intubateの略です.心臓マッサージをするかしないか.そして挿管するかしないか,つまり人工呼吸器は使うか使わないかの意思表示を事前にしてもらうというものです.

 もちろんバタバタしたときに,その場で決断を迫るというたぐいのものではないですが,「考えておいてください」と必ず話題に挙げておく必要があると思います.これを後回しにしてうまくいった経験はあまりありません.

 これは延命治療にもかかわってきますが,DNR/DNIの意思表示をする承諾書には,心臓マッサージ,挿管だけでなく他にかなり細かな項目もあります.

  • 輸血(血液製剤を含めて)をするかしないか
  • 抗生物質を使うか使わないか
  • 透析はするかしないか.
  • 昇圧薬は使うか使わないか.
  • 抗不整脈薬は使うか使わないか.
  • 補液をするかしないか.
  • 胃ろうなどからの経管栄養をするかしないか.

 初めて,この承諾書をみたときは,「細かいなぁ.さすが契約社会アメリカ」と思ったものです.

 ところが「これぐらいは,やはり必要かな」と思うような出来事に,ICUローテーションで出くわしました.

 脳出血を起こした高齢の女性でした.すでにERで,挿管され人工呼吸器で管理されていました.CT上midline shiftも強く,瞳孔対光反射もみられません.ICU指導医の説明のもと,weaningといって呼吸器をはずすことに家族が同意をされました.「おばあちゃんもがんばったから」と家族もその場に立ち会われて,納得されていた様子でした.

 ところが,1時間後に「家族が病室で怒って大変だから,至急ICUに来い」とナースから連絡がありました.

 家族は,抜管と同時に止められた経鼻栄養に対して,「おばあちゃんを飢え死にさせるつもりなの」と激しく抗議をしていたのです.指導医は,細かな確認をしないまま,呼吸器を止めることに同意したのだからと,抜管だけでなく,同時に薬を含めて経鼻栄養も止めていたのです.医療者からすると,妥当な判断とも思うのですが,「なにもしない」といっても医療者側も,患者さん側も思うところはずいぶん違います.

 最終的には,患者の状態を再度説明し,納得されたのですが,家族にとって経鼻栄養がどういう意味をもつかを考えるのを怠ったために起こってしまったことです.経鼻栄養の意味を理解してもらい「納得して止める」あるいは,家族の意向を尊重して「そのまま続ける」いずれにしても,確認をしていれば,避けられた出来事だったと思います.

 すべてをいっぺんに止めてしまうと,その判断をしたことを,家族が悔やまれることもあるそうです.点滴や,経管栄養はいっぺんに中止するのではなく,スピードを徐々に下げていくのがコツだと,ある指導医からは教わりました.ただ「点滴のスピードはどうしましょうか」などと家族になんでも決めさせるのではなく,「このまま尿の出ないまま点滴を続けると,むくみがひどくなってしまうので,少しずつ減らしていきましょう」と,そこは医師が主導権をとっていいとも教わりました.

P.S. あと数回に分けて,「院内Palliative Care Team」,「いかに患者さんと病状を共有するか」について書きたいと思います.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow).米国内科認定医.