HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻3号(2007年3月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第15回テーマ

24時間コールセンター

白井敬祐


 今回はアメリカでの抗がん剤治療についてのお話です。ぼくはアメリカで,腫瘍内科つまり抗がん剤治療の専門家になるための修行をしています。そこで感じたことを何回かにわけて綴ってみたいと思います。

 今回は日本でも広がりつつある外来での抗がん剤治療とそれをサポートする仕組みについてです。

 副作用の少ない抗がん剤や,効果的な吐き気止めが出てきたおかげで,治療中も仕事をしたり,入院しないで日常生活をできるだけ普通に送りたいという方が増えてきました。

 ただ自宅に帰ったあとの不安を減らし,副作用への対処の仕方を覚えてもらうためには,何回もくり返し説明することが必要です。とても医者だけの説明では足りません。不安をへらすために,がん外来では,まずがん外来専門ナースが,医師の診察の前後に説明をくり返したり,相談にのって,医師に聞けないでいることを上手に引き出してくれたりするのです。

 実際,しっかりしたサポートで不安を取り除き,がんに対する理解を深める手助けをすると,それだけでがんに対する免疫機能が上がったという報告もあるぐらいです。

 外来の看護師とは別に,抗がん剤治療室の看護師もいます。抗がん剤を投与するのが専門の彼女たちも,プロ意識が高く,いろいろと工夫してくれます。患者さんが治療中に観賞できるように自分のDVDを300枚以上持ってきたり,ハロウィーンには患者さんを和ませるためにコスチュームを着てきたりします。みんなそれぞれの思い入れがあるようです。半日がかりになることもある抗がん剤投与中にじっくり患者さんたちの身の上話を聞いて,患者さんの病気の受け止めかたを教えてくれたりもします。もちろん看護師さんにずいぶん時間的な余裕があるからできる技です。

 では家に帰ったあとに起こってくる不安や,副作用にはどう対処すればいいのでしょう。これには信頼のおける救急外来や,抗がん剤の専門医に24時間連絡が取れる仕組みで対処しています。

 患者さんは,新たな症状や不安,何かわからないことがあると24時間コールセンターに連絡を入れることができます。患者さんだけではなく,患者さんを実際に世話する家族の方からの相談も受けます。

 僕のようにがん専門医をめざす者にとっては,患者さんの不安や,疑問,またよく起こる副作用についても知ることができる非常に貴重な経験です。

 これも患者さんのカルテや抗がん剤治療のスケジュール,最近の血液検査の結果,画像データまで,自宅のコンピューターから,インターネット上で調べることができるので宅直でも対応できるのです。それでも判断が難しいときはERに行ってもらいます。

 同僚はこのあいだ,朝の3時に患者さんの自宅に電話するようにコールセンターから連絡を受けたそうです。眠い目をこすって,患者さんの自宅に電話すると,「ほんまに24時間つながるのか,念のため試してみました」と,あっさり言われてしまったそうです。

 彼女はどう答えたと思いますか?

“This is the right number. If you have any fever or any question, just page me. I am always available.”(「この番号であってるよ。熱がでたり,わからへんことがあったらとりあえず電話して。ほんまにいつでもええから」)こんな感じでしょうか?

 少なくとも彼女の一言で患者さんの不安はなくなったのではないでしょうか。ぼくよりもずっと人格者です。

 まだまだ修行の道は長いです。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。