●内科医が知っておきたいメンタルヘルスプロブレムへの対応 | ||||||||||||||||||
第7回 やたらと病気を気にする人 中尾睦宏(帝京大学医学部衛生学公衆衛生学・心療内科) 病気を非常に心配する人がいる一方で,全く無頓着な人もいる。この違いはどこからくるのであろうか? ちまたには健康情報があふれ,例えばテレビで「本当は恐ろしい胸痛」などの特集番組があると,次の週の心療内科外来には「私は胸痛があるのですが大丈夫でしょうか?」と困惑しつくした顔で受診する患者がいる。「先週はこの患者は腹痛を訴えていたのに変だな?」と内心思いながら診療に当たる。もちろん胸痛の背景には重大な内科疾患が潜む可能性があるので決して油断をしてはいけないのであるが,さまざまな身体愁訴を訴え,検査に異常がないといくら説明しても病気ではないかと心配する。そうした患者はもしかすると心気症なのかもしれない。 ■原因不明の胸痛確かに原因不明の胸痛は臨床上よく遭遇する1)。一般内科外来や救急外来に胸痛発作で飛び込んだにもかかわらず受診時には症状が落ち着いていたため,そのまま心療内科外来に回されるケースも多い。例えば東京大学医学部心療内科の外来統計(1994~98年,n=1,280)では患者全体の29%が胸痛を自覚している。ハーバード大学医学部心身医学研究所で同期間に行われた外来調査研究(n=971)でも23%の患者が胸痛を訴えているので,心身症患者の胸痛の有訴率は日米とも約30%と考えてよいかもしれない2)。米国では年間100~150万人以上の胸痛患者に心血管造影を実施しているが,同じく約30%が異常所見を認めない「原因不明の胸痛」となっている1)。そうした場合,一通りの精密検査は必要であるが,それでも異常が見つからない場合,精神疾患の可能性はないかあらためて考えてみよう(図1)。例えば,パニック障害患者は発作時に不安感を伴う動悸や胸痛を訴える。身体表現性障害の中には,胸痛などの身体症状がたとえ軽度でも病的なものと信じ執拗に訴える心気症や,ヒステリーの心理機制が考えられている転換性障害や,不特定多数の症状を訴える身体化障害などさまざまな病態がある。今回はそのうち心気症について説明する。■心気症とは心気症とは自分が重篤な病気にかかることへの恐怖,または病気にかかっているという観念にとらわれた病態である(表1)3)。身体症状や身体感覚についての非現実的で不正確な解釈から生じるものであり,その考えはなかなか修正できない。既知の医学的原因は見いだされないにもかかわらず,自分は病気にかかっているというとらわれや恐怖をもつ。そのとらわれはあまりに苦悩に満ちたものであるため,患者は日常生活に支障をきたしている。一般内科の5%前後は心気症であったという報告があるが,実際は10%を超えているかもしれない4)。
(つづきは本誌をご覧ください) 文献
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