●内科医が知っておきたいメンタルヘルスプロブレムへの対応 | |||||||||||||||
第6回 やたらと痛がる人 中尾睦宏(帝京大学医学部衛生学公衆衛生学・心療内科) 疼痛は医療現場で最も頻繁にみられる訴えである。難治性の慢性疼痛患者を抱え対応に苦慮されている先生方も多いであろう。疼痛は,末梢神経性疼痛,中枢性疼痛,精神的疼痛の3つに大別されるが,今回扱うのは精神性疼痛である。心理的な要因が重要な役割を果たしている代表的な病態としては,疼痛性障害がある。疼痛性障害は,診察や臨床検査を行っても目立った異常が見つからず,ひたすら痛みを訴えて臨床像の中心となる。実際の症例から入ってみよう。 ■症例<主訴>右肩部と腰部を中心とした全身痛。<現病歴>48歳男性。無職。数年前より,誘因なく全身の筋肉痛と関節痛に悩まされていた。右肩部と腰部の痛みが特に強く,複数の整形外科を受診したが原因ははっきりしなかった。痛みは次第に増強し,2年前から耳鳴り,便秘,易疲労感も出現するようになった。大学病院で耳鼻咽喉科,消化器内科,神経内科などあらゆる科の検査を受けたが器質的異常を認めなかった。消化器内科でフォローアップされていたが,心身症的な要素がないか評価をするため同じ病院内の心療内科へ紹介受診となった。<現症>身長173cm,体重65kg,血圧135/82mmHg,心拍数59回/分。神経学的所見を含む理学的所見に異常なし。生活状況:喫煙なし。飲酒は日本酒で毎日1合程度。独身の一人暮らしで家族からの客観情報はなし。睡眠状況:毎晩12時頃就寝。睡眠剤であるエスタゾラム(商品名:ユーロジン)1~2mgを服用して大体1時間以内には眠れるが,服用しないと痛みのため入眠できないとのこと。 <検査所見>血液検査:血算異常なし。γGTP10IU/l(低値)以外は肝機能異常なし。腎機能異常なし。K3.1mEq/l(低値)以外は電解質異常なし。CRP0.07μg/lと炎症所見なし。心電図:異常なし。胸部X線:異常なし。腹部X線:宿便著明な点以外は問題なし。頭部MRI,腰椎MRI:ともに異常なし。<心療内科での面接>心理面接をしたところ,社会と金銭面に対して大きなストレスを感じていた(どちらも10点満点で10点)。怒りやすい性格で,以前の職場では上司と口喧嘩をして退職したとの話だった。現在生活保護を受けている。同院の耳鼻科と歯科口腔外科の両方の受付でトラブルとなり自分から受診を中断していた。心療内科の面接中も切迫した雰囲気があり,「自分の痛みを早く何とかしてくれ」と詰め寄られる場面が何度もあった。<心理質問紙による解釈> 身体感覚増幅尺度1)という身体化傾向を評価する質問紙は50点満点で38点であった。一般内科患者の平均値は24点なので2),この点数は高値である。トロント式失感情症スケールは100点満点で59点であった。一般内科患者の平均値は46点なので,この点数はやや高値である。失感情症とは,自分の感情がよくわからなかったり,他人に自分の気持ちをうまく伝えられない傾向で,疼痛性障害患者は言語で感情を明確化できず,身体を通じて内的 以上4つの心理質問紙テストの結果をまとめると,身体感覚に対して敏感になっており,失感情症傾向を若干有し,うつや不安など気分状態が不安定で,周囲の環境に適応しにくい心理状態が推察された。
(1)1つまたは複数の解剖学的部位に重篤な疼痛を訴え,(2)その疼痛のため身体的機能または心理社会的機能が著しい障害をきたし,(3)疼痛の発症,持続,または重症度は心理的要因の影響を受け,(4)疼痛の訴えは虚偽のものでなく,(5)疼痛は他の精神疾患(気分障害,不安障害など)では十分に説明しきれない,という5つの要件を満たしたとき疼痛性障害と診断される(表1)3)。
(つづきは本誌をご覧ください) 文献
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