HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻6号(2007年6月号) > 連載●内科医が知っておきたいメンタルヘルスプロブレムへの対応
●内科医が知っておきたいメンタルヘルスプロブレムへの対応

第6回

やたらと痛がる人
――疼痛性障害

中尾睦宏(帝京大学医学部衛生学公衆衛生学・心療内科)


 疼痛は医療現場で最も頻繁にみられる訴えである。難治性の慢性疼痛患者を抱え対応に苦慮されている先生方も多いであろう。疼痛は,末梢神経性疼痛,中枢性疼痛,精神的疼痛の3つに大別されるが,今回扱うのは精神性疼痛である。心理的な要因が重要な役割を果たしている代表的な病態としては,疼痛性障害がある。疼痛性障害は,診察や臨床検査を行っても目立った異常が見つからず,ひたすら痛みを訴えて臨床像の中心となる。実際の症例から入ってみよう。


■症例

<主訴>

 右肩部と腰部を中心とした全身痛。

<現病歴>

 48歳男性。無職。数年前より,誘因なく全身の筋肉痛と関節痛に悩まされていた。右肩部と腰部の痛みが特に強く,複数の整形外科を受診したが原因ははっきりしなかった。痛みは次第に増強し,2年前から耳鳴り,便秘,易疲労感も出現するようになった。大学病院で耳鼻咽喉科,消化器内科,神経内科などあらゆる科の検査を受けたが器質的異常を認めなかった。消化器内科でフォローアップされていたが,心身症的な要素がないか評価をするため同じ病院内の心療内科へ紹介受診となった。

<現症>

 身長173cm,体重65kg,血圧135/82mmHg,心拍数59回/分。神経学的所見を含む理学的所見に異常なし。

 生活状況:喫煙なし。飲酒は日本酒で毎日1合程度。独身の一人暮らしで家族からの客観情報はなし。睡眠状況:毎晩12時頃就寝。睡眠剤であるエスタゾラム(商品名:ユーロジン)1~2mgを服用して大体1時間以内には眠れるが,服用しないと痛みのため入眠できないとのこと。

<検査所見>

 血液検査:血算異常なし。γGTP10IU/l(低値)以外は肝機能異常なし。腎機能異常なし。K3.1mEq/l(低値)以外は電解質異常なし。CRP0.07μg/lと炎症所見なし。心電図:異常なし。胸部X線:異常なし。腹部X線:宿便著明な点以外は問題なし。頭部MRI,腰椎MRI:ともに異常なし。

<心療内科での面接>

 心理面接をしたところ,社会と金銭面に対して大きなストレスを感じていた(どちらも10点満点で10点)。怒りやすい性格で,以前の職場では上司と口喧嘩をして退職したとの話だった。現在生活保護を受けている。同院の耳鼻科と歯科口腔外科の両方の受付でトラブルとなり自分から受診を中断していた。心療内科の面接中も切迫した雰囲気があり,「自分の痛みを早く何とかしてくれ」と詰め寄られる場面が何度もあった。

<心理質問紙による解釈>

 身体感覚増幅尺度1)という身体化傾向を評価する質問紙は50点満点で38点であった。一般内科患者の平均値は24点なので2),この点数は高値である。トロント式失感情症スケールは100点満点で59点であった。一般内科患者の平均値は46点なので,この点数はやや高値である。失感情症とは,自分の感情がよくわからなかったり,他人に自分の気持ちをうまく伝えられない傾向で,疼痛性障害患者は言語で感情を明確化できず,身体を通じて内的藤を象徴的に表現するため,失感情症になりやすいといわれている。また気分調査票POMSでは,うつ67点,緊張-不安64点,怒り-敵意61点とやや高値を示した(いずれも健常集団を基準とした偏差値)。最後に性格パターンを評価する質問紙TEGでは,周りへの適応度を示すAdapted Child尺度が20点満点で7点と他の尺度に比べて低値を示した。

 以上4つの心理質問紙テストの結果をまとめると,身体感覚に対して敏感になっており,失感情症傾向を若干有し,うつや不安など気分状態が不安定で,周囲の環境に適応しにくい心理状態が推察された。

■疼痛性障害の診断

 本症例は疼痛が臨床像の中心を占めており,各科専門医が精査を行っても疼痛の原因に対して十分な説明ができないことから疼痛性障害(慢性型)の診断がつけられた。疼痛性障害は身体表現性障害という身体的問題を訴える精神疾患群の1つだと考えられている(図1)。身体表現性疼痛障害と呼ばれていた時期もある。

 (1)1つまたは複数の解剖学的部位に重篤な疼痛を訴え,(2)その疼痛のため身体的機能または心理社会的機能が著しい障害をきたし,(3)疼痛の発症,持続,または重症度は心理的要因の影響を受け,(4)疼痛の訴えは虚偽のものでなく,(5)疼痛は他の精神疾患(気分障害,不安障害など)では十分に説明しきれない,という5つの要件を満たしたとき疼痛性障害と診断される(表1)3)

表1 DSM-IV-TRによる疼痛性障害の診断基準(文献3を基に筆者が意訳)

以下の5つをすべて満たすこと。
1) 1つまたは複数の解剖学的部位に重篤な疼痛を訴え,臨床像の中心となる。
2) その疼痛のため身体的機能または心理社会的・職業的機能が著しい障害をきたしている。
3) 疼痛の発症,悪化,持続,または重症度は心理的要因の影響を受けている。
4) 疼痛の訴えは虚偽のものでない。
5) 疼痛は気分障害,不安障害,精神病性障害では十分に説明しきれないし,性交疼痛症の基準を満たさない。
*急性(持続期間が6カ月未満)か慢性(6カ月以上)か区別する。
*心理的要因と関連しているか,心理的要因と身体疾患の両方に関連しているか区別する。

(つづきは本誌をご覧ください)

文献
1)中尾睦宏,熊野宏昭,久保木富房,Arthur J Barsky:身体感覚増幅尺度日本語版の信頼性・妥当性の検討;心身症患者への臨床的応用について.心身医学 41:539-547,2001
2)Nakao M, Barsky AJ, Kumano H, Kuboki T:Relationship between somatosensory amplification and alexithymia in a Japanese Psychosomatic Clinic. Psychosomatics 43:55-60, 2002
3)American Psychiatric Association:Diagnostic and statistical manual of mental disorders, text revision. American Psychiatric Press, Washington D.C., 2000


中尾睦宏
1990年東京大学医学部卒業。東大病院で内科研修をして心療内科に入局。1996年に東京大学医学系大学院(心身医学)修了。2000年にハーバード大学公衆衛生大学院(臨床疫学)修了,ハーバード大学医学部心身医学研究所内科講師。2001年に帰国し,現在,帝京大学医学部衛生学公衆衛生学准教授・附属病院心療内科副科長。専門は心身医学,行動医学,職場のメンタルヘルスなど。