HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻6号(2007年6月号) > 連載●日常診療の質を高める口腔の知識
●日常診療の質を高める口腔の知識

第6回

誤嚥性肺炎と口腔ケア
その2

岸本裕充(兵庫医科大学歯科口腔外科学)


 前回,「高齢者の肺炎の多くは誤嚥が原因である」こと,また薬剤による「予防」の可能性,さらには「薬剤に頼らない誤嚥性肺炎対策」として,「口腔ケア」をはじめ,「脱水対策」,「強力な睡眠薬の中止・減量」,「ベッド挙上による胃食道逆流防止」,「感冒予防や栄養の改善」の重要性を説明しました。

 人工呼吸管理下にある患者に生じる肺炎(人工呼吸器関連肺炎:ventilator-associated pneumonia:VAP)も,少し特殊ではありますが,誤嚥性肺炎の1つです。

 今月はVAPへの対策も含めて,誤嚥性肺炎予防のための適切な口腔ケアについて考えてみましょう。


■VAPとは

 VAPは,「入院および気管内挿管の時点で肺炎がなく,気管内挿管後48~72時間以降に発症した肺炎」という定義が一般的です。起炎菌および治療薬の選択の観点から,挿管後4日以内の発症を早期VAP,5日以降を晩期VAPと分類します。

 早期VAPの起炎菌は,肺炎球菌,MSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌),インフルエンザ桿菌などで,抗菌薬の感受性は比較的良好です。一方,晩期VAPの起炎菌は抗菌薬に耐性のMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌),緑膿菌である頻度が高く,その分予後も不良です。挿管後4日以内であっても,3か月以内の抗菌薬の投与歴や5日以上の入院歴がある場合には,晩期VAPと同様,抗菌薬耐性菌であることを考慮すべきとされています。

 VAPの感染経路は,大きく「内因性」と「外因性」に分類できます。前者は口腔や消化管内に定着した菌の「誤嚥」,後者は人工呼吸器回路の汚染(不適切な気管内吸引操作やネブライザー内への菌の混入など)によるものですが,前者の頻度が高いため,予防もそこに重点がおかれるようになりました。以前は,菌血症や消化管からのバクテリアルトランスロケーションによる「血行性感染」も指摘されてきましたが,実際にはあまりないようです。

■VAP予防の前提を再確認

 どんな病気でも予防できるに越したことはありませんが,抗菌薬耐性菌が起炎菌となったVAPでは,治療に難渋しますので,何とか発症のリスクを下げたいところです。ここで,人工呼吸管理下にある患者における注意事項を簡単に整理しておきます1)

Check1
カフは誤嚥を防止できない

 気管チューブのカフ上部に色素を含む液体を注入しておくと,カフと気管壁の間から液体が少しずつ漏れて,気管内へ入り込むことが確認されています。カフ上の貯留物の吸引が可能なチューブはVAPの予防に有効です。

Check2
気管切開でも誤嚥は起こる

 気管切開によって喉頭の挙上が妨げられると,喉頭蓋の翻転による喉頭を閉鎖が障害され,また気切孔よりも口腔側に呼気が流れないため,口腔側からの流入を喀出できない,さらにカフによる食道の圧迫など,嚥下運動からは不利な面もあり,気管切開をしたら安心というわけではありません。

Check3
経鼻胃チューブが誤嚥のリスクに

 チューブをつたって胃内容物が咽頭部へ逆流するほか,チューブが喉頭蓋上を斜走して喉頭蓋の動きを障害すると,喉頭の閉鎖が障害されます(図1)。

(つづきは本誌をご覧ください)

文献
1)岸本裕充:人工呼吸器装着中の患者さんに必要な口腔ケア。看護学雑誌70,324-333,2006


岸本裕充
1989年に大阪大学歯学部を卒業し,兵庫医科大学歯科口腔外科学講座へ入局。化学療法後の口内炎に苦しむ患者さんを毎日のように往診し(研修医時代),頭頸部癌術後患者のMRSA定着・感染に苦しみ(医員の頃),その後は手入れが良くないと不潔になりやすい口腔内のインブラント義歯(人工歯根療法)に取り組んでいます。これらの経験が口腔ケアに活かされていると思っています。