HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻3号(2007年3月号) > 連載●日常診療の質を高める口腔の知識
●日常診療の質を高める口腔の知識

第3回

歯肉出血を必要以上にコワがらない

岸本裕充(兵庫医科大学歯科口腔外科学)


 血小板の減少を認める患者などに対し,「止血困難・菌血症(bacteremia)のリスクがあるので,5万以下なら歯みがきは禁止」というような指示を見かけることがあります。確かに「止血困難」も「菌血症」はコワいものですが,安易に歯みがき(ブラッシング)を禁止するのも,これまたリスクになりうるのです。今月は歯肉出血と菌血症をテーマにお話しさせていただきます。


■血小板減少と歯肉出血

 血小板が減少すると歯肉出血を生じやすいのは間違いありませんが,一概に「何万以下なら出血する」と言うことはできません。ITP(特発性血小板減少性紫斑病)の患者で血小板数が1~2万でも,プラークコントロール注1が良好であれば,歯みがき時に全く出血しないことは珍しくありません。逆に,プラークコントロールが不良で歯周病のある患者では,抗癌剤の副作用や肝硬変などで血小板数が7~8万を下回ってくると,それまでより出血しやすくなることが多いです。

 したがって,まず「何万以下なら歯みがきは禁止」というワンパターンの指示は再考すべきしょう。血小板数が2~3万で,皮膚の点状出血斑や血尿なども認める場合には,患者自身の歯みがきを制限せざる得ませんが,歯肉以外に出血症状がなければ,単純に禁止するのではなく,専門家に相談して歯みがきを続ける努力をします。他に大きな合併症があれば話は別ですが,血小板数が4~5万以上あれば多少出血しても止血困難となることはまずありませんので,しっかり歯みがきをして,次の「歯肉出血の悪循環」に陥らないようにします。

注1:最近はTVのCMでも使われるようになった専門用語であるが,狭義には,デンタルプラーク(歯垢)の除去,つまり歯みがきとほぼ同じ意味である。広義には,単に歯垢を除去するだけではなく,歯垢が形成されにくくする(例:砂糖の摂取制限,口呼吸の改善),歯垢を除去しやすいようにする(例:歯ならびの矯正,不適合冠の治療)なども含む。いずれにせよ「プラークコントロール」が良好とは,歯垢が付着していない,きれいな状態を指す。

■歯肉出血の悪循環(図1)

 歯肉出血をおそれて歯みがきがおろそかになると(1),歯垢が厚くなり,内部が嫌気的環境となって歯周病菌が増殖し(2),歯肉の炎症(≒歯周病)が悪化し(3),さらに出血しやすくなる(4),という「悪循環(A)」に陥ります。

 また,歯周病菌は歯肉ポケット内の「滲出液」から栄養を得ていますが,血液のほうがはるかに栄養が豊富ですので,歯肉出血が生じると歯周病菌の増殖が著明となり(5,6),歯肉の炎症(≒歯周病)が悪化(7),歯肉出血を助長(4)という,もう1つの「悪循環(B)」を招きます。

(つづきは本誌をご覧ください)


岸本裕充
1989年に大阪大学歯学部を卒業し,兵庫医科大学歯科口腔外科学講座へ入局。化学療法後の口内炎に苦しむ患者さんを毎日のように往診し(研修医時代),頭頸部癌術後患者のMRSA定着・感染に苦しみ(医員の頃),その後は手入れが良くないと不潔になりやすい口腔内のインブラント義歯(人工歯根療法)に取り組んでいます。これらの経験が口腔ケアに活かされていると思っています。