2
HOME雑 誌medicina誌面サンプル 47巻10号(2010年10月号) > 連載●外来診療に差をつけるコミュニケーションスキル
●外来診療に差をつけるコミュニケーションスキル

第13回 テーマ

紛争を呼ばないコミュニケーション

前田泉(スナッジ・ラボ株式会社)


【キーワード】
●患者不満
●苦情・クレーム
●リスクマネジメント

事例紹介:関節炎の治療中の患者さんからの訴え

ある日の外来診察室.

患者 「診断を信じて治療を受けていたんですが,なかなか関節の痛みが良くならないので,ほかの病院を受診したところ,“なぜ早く来なかったんですか”と言われました.先生の診断や治療が間違っていたのではないでしょうか!?」
医師 (突然の訴えに驚き)「……」

 上記の事例を見て,読者の皆さまは次のようなことを思い浮かべられたのではないでしょうか.

●診断は妥当だったのか.
●治療方針や今後の治療の見通しについての説明は十分だったのか,納得していたのか.
●症状が取れないことに対する患者さんの不安や不満のサインを見逃していなかったのか.
●症状経過が思わしくない時の,専門医への紹介や説明のタイミングを考慮していたのか.

 この事例のように,患者さんから苦情・クレームを面と向かって言われた経験がなくても,黙って受診を中断した患者さんが後日,ほかの医療機関を受診していることをスタッフから聞かされた方もいらっしゃるかもしれません.また,ある程度臨床経験を積まれた先生であれば,「もしかしたら,あの患者さんは……」と思い当たることが少なからずあるのではないでしょうか.

 それでは,日常の診療場面における苦情・クレームは,どのようなことが原因で発生し,どんな意味をもつのでしょうか.

■日常の患者不満に潜む“紛争の芽”

日常の患者不満から,将来の苦情・訴訟件数を予測できる

 近年,日本の医療現場においても欧米と同じく「患者満足度調査」を実施している施設が増えてきました.患者満足度調査とは,医療機関側が提供している医療サービスに対してそれを受けている患者さんやそのご家族がどう感じているか,という視点から評価を行うもので,普段は知ることのできない「潜在している患者さんの生の声」を引き出すツールです.実は,患者満足度調査から見出される患者不満の程度と,将来的に発生する苦情や訴訟の件数には統計的に有意な相関があることがすでに報告されています.この調査はハーバード大学の教育病院のひとつである,ボストン・ブリガム・ウイメンズ病院の約350名の医師を対象に行われ,患者満足度のスコアと苦情および訴訟の発生件数について検討されました.研究の目的は,いまだ患者不満が表に出ていないより早期の段階で将来の紛争リスクを予測し,そのリスクの程度に応じてコミュニケーション・スキル研修などの個別介入を行うという,超早期予防的アプローチの有効性を確認することでした1)

日常の苦情・クレームの背後に6~7倍の患者不満が隠れている

 読者の皆さんも,これまでご自身やその周りで何らかの苦情・クレームが発生し,その対応に追われた経験があることと思います.特にここ数年では医療機関を含めて各種業界における苦情・クレームの発生は増加傾向にあるとされ,そのことは苦情・クレーム対応の関連書籍が書店にあふれていることからも実感できます.

 それでは苦情・クレームとして現れてきた不満は,患者不満全体のうちどれくらいの割合なのでしょうか.われわれが一般受診患者(n=18,981)を対象に行った患者不満足度調査によると,患者さんが,感じた不満のうち苦情・クレームなど何らかの手段によって医療機関側に伝えているものは,わずか13%にすぎませんでした(図1).また医療機関に伝えた不満の内容と伝えなかった不満の内容を比較すると,その内訳は「医師の態度・対応・言葉づかい」「看護師の態度・対応・言葉づかい」「受付の態度・対応・言葉づかい」などほとんどが共通しており,特に違いはみられませんでした.つまり,患者さんから何らかの苦情・クレームが伝えられたとき,その背後には特に何も言わないものの,同じような内容の不満を抱えた患者さんが6~7倍も存在していることになります.

図1 伝達される不満と潜在的な不満の存在

 仮に,医療機関が苦情・クレームとして伝えられた不満を1つ2つでも改善できれば,目に見えない不満患者さんの問題も同時に解決していることになるのです2)

■苦情・クレームに向き合う

日常の苦情・クレームから見えてくるコミュニケーションの問題

 日常発生する苦情・クレームの中で医師のコミュニケーションが問題とされるものとしては,大きく「医師の説明が不足している」ことと「医師が話を聴いてくれない」ことの2つが挙げられます.このような苦情・クレームは,本来患者さんのもっている「医師からわかりやすい説明を受けたい」「医師に話をじっくり聴いてほしい」「患者の気持ちや要望を大切にしてほしい」という,いわば根源的な期待にうまく応えられていないことが原因といえます.こうした苦情・クレームの発生時には可能な限り早期に,両者の行き違いの小さいうちに対応することが重要となります.そこで,ほかの苦情・クレームにも共通して使える初期対応の基本を下に列記します.

(1)患者さんの話をじっくり聴く
(2)説明不足や患者側の誤解があれば,再度丁寧に説明する
(3)場合によっては,心配や不安な気持ちにさせたことに対して率直に謝る
(4)不満の申し出によって医療側の改善のきっかけになることへの感謝を伝える
(5)今後も疑問な点があれば,遠慮なく面談中に質問してほしい旨を伝える

(つづきは本誌をご覧ください)

文献
1)Setlfox HT, et al:The relation of patient satisfaction with complaints against and malpractice lawsuits risk. Am J Med 118:1126-1133, 2005
2)前田泉:患者不満とリスクマネジメント,シービーアール,2008