Editorial

“リアル”のなかのempathy
片岡仁美
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 地域医療人材育成講座教授・総合内科

 糖尿病患者数は増加の一途をたどり、特に高齢者の割合はいっそう増加し、全糖尿病患者の約半数が「70歳以上」という時代を迎えています。一方、日本糖尿病学会が認定する糖尿病専門医の数は5,508名(2017年、学会ホームページより)と患者数と比べて少ないため、かかりつけ医の先生方の担う役割はいっそう大きくなっています。

 また、2型糖尿病診療においては、経口血糖降下薬の新規開発が診療を大きく変えました。2009年に「DPP-4阻害薬」(p.327・330)が、2014年には「SGLT2阻害薬」(p.318・327)が市場に出ましたが、特にDPP-4阻害薬は一気に糖尿病診療の中心と言えるまでのシェアを占めるに至りました。また、2009年には「GLP-1受容体作動薬」(p.333・358)が発売されましたが、週1回投与できる製剤が登場したことにより、「自己注射できない」「内服管理困難」といった場合にも訪問看護などの方法を用いて治療が可能となりました(p.334・368・377)。

 本特集では「超高齢社会」「多様性」をキーワードに、現場で直面するリアルな「困った!」に糖尿病専門医が一問一答でとことん答え、今日から役に立つ糖尿病診療のチップスを集約しました。執筆は私が日頃から尊敬する先生方にご依頼しましたが、どのページにもそれぞれの先生方が真摯に患者さんに向き合う日々の診療の“リアル”が垣間見える素晴らしい内容であり、何より患者さんへの温かいまなざしが随所に感じられます。私が糖尿病診療を初めて1人で行うようになった頃は、迷うことや指導法に悩むことも多かったのですが、その時聞いた「コントロールがよくなったのは患者さんのおかげ、悪くなったのは主治医の責任です。糖尿病の患者さんはどこも痛くもないのに時間を割いて毎月来てくださっているのだから、まずそのこと自体が立派なことなんですよ(p.327の石田俊彦先生ご講演より)」という言葉で、目から鱗が落ちたことを今でも覚えています。

 糖尿病診療における担当医の役割を考える時、「empathy(共感性)」の重要性があげられます。empathyが高い医師では担当患者の血糖コントロールが良好であることも報告されています1)。治療の選択肢が増えてもなお、患者さんの日常に寄り添うことのできる診療が糖尿病診療の鍵を握っているということを示唆するデータではないでしょうか。

 患者さんの生活に寄り添い、家族やコミュニティを含めて診療するという糖尿病診療の幅の広さは、「総合診療」そのものです。患者さんとチームで伴走する糖尿病診療は、10年先の患者さんの人生を確かに変える可能性があり、遠いゴールを共に目指しながら沿道の景色を一緒に眺める喜びもあります。本特集が、そのお供になれば幸甚です。

文献
 1)  Hojat M et al : Physicians' empathy and clinical outcomes for diabetic patients. Acad Med 86(3) : 359-364, 2011. [PMID] 21248604