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今月の主題●鼎談
抗菌薬はなぜ難しく感じるか

発言者
大曲貴夫氏(静岡県立静岡がんセンター感染症科)=司会
木村舞氏(静岡赤十字病院初期研修医)
九鬼隆家氏(相模原協同病院腎臓内科/血液浄化センター)


大曲 本日は,「抗菌薬はなぜ難しく感じるか」をテーマにした座談会ということで,初期研修医である木村先生と後期研修医である九鬼先生のお2人においでいただきました.

 毎年初期研修医が入職してくると,感染症,ことに抗菌薬は難しいと口をそろえます.それにはそれなりの理由があるのですが,本人たちは意外とその理由がわかっていないことが多い.そして難しい理由がわからないと,解決策はなかなか出てきません.そこで今日は,先生方の経験を踏まえて抗菌薬診療に関して困った点や疑問点を出していただき,その答えを見つけていきたいと思います.

 大きく「感染症治療のどこが難しいのか」「どのように感染症を学んでいるか」「学ぶうえで困ることは何か」という3段階で話を進めていきたいと思います.

■感染症診療,ここが難しい

診断がつかない,臓器が絞れない

大曲 まずは,「感染症診療のどこが難しいのか」ということから始めたいと思います.まず木村先生,いかがでしょうか.

木村 一番は,「診断がつかない,臓器が絞れない」という点です.救急外来では,発熱で来院した患者さんで全身状態が悪く,いかにもセプシス(sepsis)のようにみえても,特に高齢の方だと身体所見や検査でもフォーカスが絞れないことがあります.でも,尿は濁っているし白血球反応が出ていて,「これは腎盂腎炎でいいのかなぁ」と.救急外来で次々と患者さんが搬送されてくる中,原因微生物や感染部位が特定できないまま,抗菌薬を決定せざるを得ないケースが非常に多いと感じています.加えて初期研修医の立場では,自分が受け持ちにならない患者さんはその後のフォローが難しいということがあります.ですから,自分が行った治療に対するフィードバックがほとんど返ってきません.そこが今一番難しいと思っていることです.

大曲 九鬼先生,この点はいかがでしょうか?

九鬼 まずフィードバックに関しては,電子カルテシステムではない病院だと,患者さんのその後を追っていくのは難しいのが現実です.なるべく時間をみつけて,経過をみに病棟に足を運んだり,知っている先生に聞いたりして,“答え合わせ”をして,自分の経験値を積み重ねることが大事です.

 次に診断をどうつけるかという問題ですが,患者さんをたくさん診るうちに,パターン認識を重ねる中で次第に患者さんの印象から診断が想像できるようになってきます.ですから繰り返し経験を積んでいくしかないのかもしれません.

 ただ,今言ったシビア・セプシスのようなケースだと,必ずしもフォーカスを絞りすぎなくてもいいと思うのです.もちろん,きれいに診断をつけて,「肺炎球菌による肺炎だと思ったのでペニシリンGで治療開始しました」というのはカッコいいです.ですが,empiric therapyというのはリスクマネジメントの意味もあるので,最初は広く鑑別診断を挙げておく.腎盂腎炎はもちろん,腸腰筋膿瘍や椎体椎間板炎といった腰痛をきたす疾患を鑑別に挙げたうえで,ひとつずつ除外していくというやり方がよいと思います.

 もちろん,empiric therapyは菌が完全に特定されていない状況で抗菌薬を開始するため,最終的にどの診断だったとしても,ある程度無難な治療になってしまう部分はあります.でも,これは特に夜間の救急外来では仕方がないのかもしれません.

木村 「この感染症だとempiric therapyはこうする」というのはわかるのですが,疾患自体がよくわからないときに何を選択するのかがなかなか難しくて…….

九鬼 確かに,そこで「バンコマイシン,メロペネム」とブロードにやってしまうのは,ちょっとカッコ悪いですね(笑).ですが,いろいろな可能性を考えて,現在の重症度だと見逃すわけにいかないから,鑑別診断を絞りすぎるべきではない,という判断もあると思うんです.ですから,初診時には,複数のフォーカスに対応できるような状況のまま治療を進めてもいいのではないかと思います.

患者背景で考慮すべき微生物が変わる

大曲 ちょっと問題を整理して考えましょう.

 まず一つ目は,原因微生物をどう絞るかという問題です.臨床感染症では,患者さんを前にしたときの第一印象と,そこで聞き出したちょっとした情報や患者さんのバックグラウンドが非常に大きな意味を持ちます.それは,それらの情報によって,想定すべき原因微生物や感染症としての鑑別診断が変わってくるためです.

 例えば,60代の蜂窩織炎の患者さんが来られたとします.左足が赤く,見た目は蜂窩織炎である.そこで,患者さんの背景に特に引っかかるようなところがなければ,原因微生物として考えるのは,例えばA群β溶連菌や黄色ブドウ球菌でしょう.それが,肝硬変の患者さんだったらどうか.普通にA群β溶連菌や黄色ブドウ球菌だけでいいかというと,たぶんそうではないですね.

 つまり,バックグラウンドによって具体的に考慮すべき微生物が変わってくる.このことは,どういう感染症をターゲットに治療をするかの鍵になると言えます.

(つづきは本誌をご覧ください)


大曲貴夫氏
1997年佐賀医大卒.同年より2001年まで聖路加国際病院内科レジデント.会田記念病院での勤務を経て,2002年より2004年までテキサス大ヒューストン校医学部感染症科でクリニカルフェローとして感染症の臨床トレーニングを受ける.2004年2月に帰国し,2004年3月より静岡県立静岡がんセンターに勤務し現在に至る.日本感染症学会感染症専門医,日本化学療法学会抗菌化学療法指導医,ICD制度協議会認定インフェクションコントロールドクター,日本感染症教育研究会(IDATEN)世話人.

木村舞氏
2008年慶應義塾大学医学部卒.同年より静岡赤十字病院にて初期臨床研修.同院で定期的に開催される大曲氏の感染症レクチャーに参加して感染症診療に興味を持ち,2009年に静岡がんセンター感染症科で短期研修を行う.2010年4月よりさいたま市立病院循環器内科の後期研修医として内科研修を開始.

九鬼隆家氏
2006年3月昭和大学医学部卒.2006年4月より都立府中病院初期研修,2008年4月より同院内科後期研修,都立駒込病院感染症科短期研修,2009年4月より現職.感染症については医学部4年時に先輩の勧めから勉強を始め,同僚や先輩医師,IDATENの先生方に学びながら現在に至る.特に興味のある分野は腎臓内科,感染症,総合内科,ER型救急,臨床研修・医学教育.