今月の主題●鼎談

エンピリック治療 vs. グラム染色に基づいた治療

発言者●発言順
八重樫牧人氏(亀田総合病院総合診療・感染症)=司会
川島篤志氏(市立堺病院総合内科)
竹下望氏(国立国際医療センター戸山病院 国際疾病センター/渡航者健康管理室)


 肺炎の適切な治療を行うためには,その起因菌の特定がきわめて重要となる.

 近年,起因菌推定のためのすぐれたツールとして,グラム染色の重要性が強調されるようになってきたが,実際の肺炎診療の現場では,十分に活用されるようになったとは言いがたい.

 そこで本号では,「エンピリック治療vs.グラム染色に基づいた治療」をテーマに,内科臨床の第一線を担う医師による鼎談を企画.「エンピリック治療」,「グラム染色」をキーワードに,日本における肺炎診療の問題点と,その解決法をお話いただいた.


八重樫 本号の特集テーマは「内科の基本 肺炎をきわめる」ですが,本座談会では特に,実際の診療の現場で議論の分かれる「エンピリック治療vs.グラム染色に基づいた治療」について議論してみたいと思います.

■エンピリック治療とグラム染色に基づいた治療

八重樫 議論の前に,言葉の定義をしておきたいと思います.

 まず,エンピリック治療とは,「病原体が確定する前に抗菌薬を用いた治療を開始すること」としたいと思います.この場合,喀痰グラム染色でどのような菌が見えるかがわかる前に肺炎の治療に入ることになります.肺炎の原因菌には,さまざまな病原体が考えられますので,この場合には広域の抗菌薬になることが多いと思われます.

 その後に,喀痰培養,または血液培養,その他の血液検査などで抗菌薬を絞ること(de-escalation)はあると思うのですが,それに関しては,また別の機会にゆずりたいと思います.

 もう1つの,グラム染色に基づいた治療(pathogen-directed therapy)とは,「肺炎を起こしていると思われる病原体をグラム染色によって見て,最初からそれに絞って治療をすること」と,ここでは定義したいと思います.肺炎球菌とか,レジオネラの尿中抗原などに基づくものも入るかと思います.また,マイコプラズマ,クラミドフィラなどについては,血液検査結果が返ってくるのが,治療開始後になることが多いのですが,検査結果を先に出すことができる施設があるのであれば,それも含めて考えたいと思います.

■喀痰グラム染色に基づいた治療の利点

八重樫 最初に,エンピリックな治療に比べて,喀痰のグラム染色に基づいた治療の利点について,お尋ねしたいと思います.

川島 どんな肺炎でも病原体があり,それが菌であればそれに対する抗菌薬というものがあります.したがって,それをどう絞るのかということになりますが,グラム染色で見てわかるような病原体があれば,それに絞った治療が可能ですから,それは大きなメリットになると思います.また,良質の検体が取れれば,どこで炎症が起きて白血球と菌が戦っているのか,見ることができることも大きな利点だと思います.

 もちろん,肺炎の病原体を絞り込む手段としては,患者背景や病歴といったものが重要であることは言うまでもありませんが,グラム染色によってより適切な治療を行うための「よい情報が増える」わけです.そのメリットは本当に大きいと思います.

竹下 私も,そう思います.ただ,グラム染色の難しいところは,「いい痰が取れたら」という前提条件のあるところです.いい痰が取れて,菌が見えたら,一気に診断に近づくことができます.しかし,見えなかったときにどう判断するのかという難しさはあると思います.

八重樫 喀痰で見えるものによって,治療が変わるというようなことはありますか.

竹下 いちばんわかりやすいのは,肺炎球菌ですから,まずは,肺炎球菌が見えるかどうかを考えながらやっていきます.それともう1つ,良質の痰のなかに白血球がたくさん見えていて,しかも貪食されているということがわかれば,かなり診断に近づけます.ただ,やはりなかには見分けるのが難しい菌があることはありますので,特に市中肺炎では,そのあたりの見きわめがいちばんのポイントではないかと思います.

■グラム染色により,どう治療が変わるか?

八重樫 そのあたりのことに関連して言えば,今年初頭に「肺炎に関するPRSP(penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae;ペニシリン耐性肺炎球菌)の定義」が,MIC(minimum inhib-itory concentration;最小発育阻止濃度)8以上に変更されました.新しい基準では,ほとんどのものがPRSPにならず,PISP(intermediate-resistant Streptococcus pneumoniae;ペニシリン低感受性肺炎球菌),PSSP(penicillin-susceptible Streptococcus pneumoniae:ペニシリン感受性肺炎球菌)になるわけです.要は,肺炎球菌であることがわかれば,PISPでも,PSSPでも,ペニシリンで叩けるということです.

川島 抗菌薬を選ぶときに,ガイドラインでもいわれているように,患者背景と病原体の種類が問題になります.それを,グラム染色で,「こういう形態のものが見えたら,この抗菌薬」というふうに絞り込むことができますし,逆に広げることも可能です.

 具体的にいうと,黄色ブドウ球菌が見えて,しかもMR(メチシリン耐性)がそれなりに高いと思われるような背景だったら,その患者さんには抗MRSA薬を用いなければいけない.グラム陰性桿菌で,少し小さい緑膿菌などの可能性があるのだったら,その患者さんには緑膿菌に対する抗菌薬を用いなければいけない.

 つまり,「この菌が見える.これはまずいな」ということを気づかせてくれるのもグラム染色だと考えています.

 私たちの経験した症例では,普通の市中肺炎かなと思ったら,グラム染色でグラム陽性球菌のクラスター(球菌の集合体)が見え,結果としてMRSA肺炎だった例があります.ガイドラインに従えば,MRSAをカバーしなくてもよかったのですが,グラム染色があったからこそ初回からMRSAをカバーする抗菌薬を選べたというのは,大きかったなと思います.

八重樫 なるほど.

川島 抗菌スペクトラムを狭めるためだけではなく,広げるためにも役に立っている.抗菌薬を選ぶときにガイドラインを見るのですが,ここまでの抗菌薬を使うべきかどうかということが頭にあるから,その重要な判断材料として,グラム染色は役立つと思います.

竹下 以前の私の上級医が,肺炎のときのグラム染色はrule outのためというよりも,rule inのためだと言っていました.それはたぶん,川島先生が言われていることと同じだと思います.

八重樫 なるほど.明らかに,どの病原体が見えたら少なくとも何をカバーしなければいけないか,ということがわかるわけですね.

(つづきは本誌をご覧ください)


八重樫牧人氏
1997年弘前大学医学部卒業.亀田総合病院研修医,在沖縄米国海軍病院シニアインターンを経て2000年からニューヨークのSt. Luke’s-Roosevelt病院にて内科,ニューヨーク州立大学Downstate校にて呼吸器内科,ピッツバーグ大学病院にて集中治療の研修後,それぞれの専門医資格を取得する.2006年より帰国し,現職場にて研修医の教育・指導にあたっている.

川島篤志氏
1997年筑波大学卒.京都大学医学部附属病院,市立舞鶴市民病院にて研修.米国Johns Hopkins大学公衆衛生大学院にて公衆衛生学修士(MPH)取得.2002年秋より現職.2008年11月より京都福知山市民病院にて,子育てにも時間を割きながら,「専門内科が働きやすい病院,総合内科が活躍できる病院,研修医が活き活きと働ける病院」を目指して,内科診療/医学教育/地域医療との連携にじっくりと取り組みたいと思っている.

竹下望氏
2002年東北大学医学部卒業.横浜市立市民病院で初期研修,東京都立駒込病院で内科後期研修,聖路加国際病院感染症科臨床研究員を経て2008年1月から現職.予防接種を含め,輸入感染症,院内感染症を中心に診療に携わっている.