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【特集】

抗血栓療法のジレンマ
予防すべきは血栓か,出血か?

上妻 謙(帝京大学医学部内科学講座・循環器内科)


 超高齢時代を迎え,冠動脈疾患や脳血管疾患,末梢動脈疾患など,動脈硬化疾患による心血管イベントは,悪性腫瘍と並んで死亡原因の上位を占めている.これらは動脈硬化プラークの破綻あるいはびらんに伴って生じた血栓によって発症するため,抗血小板薬による抗血栓療法が広く行われるようになってきた.

 抗血栓療法は抗血小板療法と抗凝固療法に分けられる.前者は文字通り,抗血小板薬を用いて血小板の凝集を抑制するもので,主として動脈系を中心としたアテローム血栓症の予防に有効とされている.一方,後者は抗凝固薬によって血液の凝固因子を阻害することで,赤血球やフィブリンによる大きな血栓の凝集を抑制するもので,主に流速の遅い静脈系,左房などの血栓塞栓症の予防に有効と言われてきた.しかし近年,こうした概念を覆すような臨床試験の結果が次々と発表され,今までの血栓に対する考え方を見直す必要が出てきている.

 1990年代半ばまで,抗血小板薬としては低用量アスピリンが使われてきた.しかし,冠動脈病変をステントによって治療するようになって始まったのが,アスピリンとチエノピリジンなどのADPアンタゴニスト(P2Y12受容体阻害薬の最近の呼称)の2剤併用療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)である.その後,アテローム血栓症の急性期イベント予防にもDAPTが行われるようになり,脳神経領域や末梢動脈領域など幅広く用いられるようになった.さらに近年,効果の発現が早く,個人差が出ない新規の抗血小板薬が上市され,アスピリン不要論も出るようになってきた.

 一方,人工弁や静脈血栓症,心房細動などに対しては抗血小板薬では効果が不十分と言われ,ワルファリンによる抗凝固療法が長年行われてきたが,2011年に血中モニタリングが不要で,出血リスクの低い直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant:DOAC)が発売され,心房細動や深部静脈血栓症を中心に普及してきた.しかも,こういった疾患も動脈硬化と危険因子の多くが共通であり,高齢化とともに増加傾向にある.

 新薬の上市とともに疾患の啓発が盛んに行われ,抗血栓療法を受ける患者が急増してきたが,同時に心血管イベントと同等かそれ以上の頻度で,出血が起こっているという問題点がクローズアップされるようになってきた.予防薬という位置づけ上,副作用としての出血は許容されにくい面があり,大出血は生命予後も悪化させることが明らかになったため,抗血栓療法の適応や出血リスクについて,近年盛んに議論されている.今までエビデンス重視であった循環器領域も,症例ごとに抗血栓療法の良い部分を最大限に生かしつつ,いかに出血合併症を減らすかを考えていく個別医療が推奨されるようになってきた.しかしながら,出血リスクと血栓リスクが共通することも示されてきており,実際には大きなジレンマを抱えている.本特集では,抗血小板薬,抗凝固薬の使用に対する近年の考え方とその変化を,実際に困ることの多い領域ごとに掘り下げていきたい.