今月の主題

ワンランク上の内科エマージェンシー
もうだまされない! 非典型例から最新知識まで

林 寛之(福井県立病院救命救急センター)


 救急対応は誰でもできるはずと世間の人は思っているようだが,致死的救急疾患なんてそうそう毎日診るようなものじゃない.それも専門外になってしまうと,いかに疑いをもつかにかかってくる.稀な救急疾患や非典型的救急疾患はてぐすねを引いてわれわれを落とし穴にはめようと待ち構えている.重症なら救急車で来院して欲しいと願うのはわれわれ医療者の都合であり,独歩来院で実は重症だったという救急患者は0.2~0.7%あるというから,時間外患者を1,000人も診れば必ずとんでもない重症救急患者に数人ほど出くわすということだ.

 「常に最高の名医が診ないとダメだ」「絶対救急は受け入れろ.でも死んだら医療ミス」などと夜中に無理難題を言う昨今の判決や患者は現実をわかっていない.医療がこんなに広範囲になった今,スーパードクターなど漫画やマスメディアの中にしか存在しない.テレビのERの心肺蘇生率は約6割もあるのに,院外心肺停止の蘇生率など1割にも満たないのが現実の世界だ.心が折れた医者はさっさと救急なんて手を引きたくなってしまう.軽症救急患者を断っても時間外救急の混雑には影響を与えないと多くの論文が証明しているのに,軽症救急患者を憎むのはむしろバーンアウトの徴候だ.

 本当に日常の救急を支えているのは,昨今のスーパードクターでは決してなく,毎日の臨床をこなし,命を削って(『削らないでください!』)危ない綱渡りにもめげずに頑張る多くの誠実な医師たちであり(『そう,あなたのことです』),彼ら彼女らこそが日本の医療を支えている本物の名医なのだ.「世の中の最高」ではなく,「今ある現実の最善」を尽くすことこそ大事だ.当直の時こそジェネラルなアプローチを要求されることはないし,医療は不確実な中で模索していくものであり,正しくビビることが如何に大切なことか.救急現場では「エライ,強い」スーパードクターよりも,「心配性」でジェネラルなマインドをもった医師のほうが,結果的には世の中のニーズに合うのかもしれない.

 正しい心配性の医師になるために,稀な救急疾患や非典型的救急疾患を疑うきっかけとなるキーワードに対して高いアンテナをもち,最新の知見も取り入れて,適切な対応やタイミング良い転院判断の方策を知っておきたい.本号では現場で働く本物の臨床家に執筆をご担当いただき,非典型例,日常の疑問,最新救急知識を整理して平易に解説していただいた.いかに執筆者たちが怖い経験をし,慎重に診療しているかを追体験いただき,今後読者がワンランク上の糧を得て,自信をもって正しくビビって,夜の救急を平穏に乗り切る一助になれたらこの上ない喜びである.

年中ビビりのヘタレ凡医 拝