HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻4号(2007年4月号) > 連載●Case Study 診断に至る過程
●Case Study 診断に至る過程

第8回テーマ

意外な関係

松村正巳(金沢大学医学部付属病院リウマチ・膠原病内科)
Lawrence M. Tierney Jr.(カリフォルニア大学サンフランシスコ校・内科学教授)


 本シリーズではCase Studyを通じて鑑別診断を挙げ,診断に至る過程を解説してみたいと思います。どこに着目して鑑別診断を挙げるか,次に必要な情報は何か,一緒に考えてみませんか.今回は以前にTierney先生に,ディスカッサント(discussant)として解説して頂いた患者さんです。

病歴&身体所見

63歳,男性

主訴:血痰,関節炎
現病歴:約11カ月前から,朝の洗面時に痰にわずかに血が混じるようになった。4カ月前からは手,膝,足関節炎が出現し,近医で加療されたが症状は改善しなかった。また30分あまり持続する,朝の手のこわばり感もあるという。明らかな喀血のエピソードはなく,症状が良くならないため受診した。
既往歴:特記事項なし。
家族歴:特記事項なし。
嗜好:たばこは1日20本を43年間吸っている。アルコールは機会があれば飲む程度である。
職業:農業。
常用薬はなく,ペットは飼っていない。
身体所見:体温36.5℃,血圧120/84mm Hg,脈拍84/分,整,呼吸数16/分。快活に話をされる。皮疹,リンパ節腫脹なし。両手に太鼓ばち状指を認める。関節の可動域に異常はないが,手関節,足関節に圧痛と軽度の腫脹を認める。DIP,PIP,MP関節に関節炎の所見はない。呼吸音,心音に異常なし。腹部に異常所見なし。

 いかかがでしょうか。まず病歴,身体所見より問題点を重要なものから,すべて挙げてみましょう。検査をオーダーする前に,どこまで診断にせまることができるか,チャレンジしてみましょう。後ほどTierney先生の鑑別診断を示します。

プロブレムリスト

  1. 血痰
  2. 朝の手のこわばり感を伴った慢性多発関節炎
  3. 太鼓ばち状指

 長期にわたる喫煙歴のある方に,血痰を認めますので,癌の可能性は考えておかなければなりません。まずは血痰,慢性多発関節炎をきたす疾患を切り口にして,鑑別診断を考えてみましょう。

[memo 1] 血痰の鑑別

気管支炎,肺癌,気管支拡張症,特発性,肺炎,肺結核

[memo 2] 慢性多発関節炎をきたす疾患

関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,その他の結合組織病,変形性関節症,乾癬性関節炎,ライター症候群,潰瘍性大腸炎やクローン病に伴う関節炎,強直性脊椎炎,掌蹠膿疱症性関節炎,サルコイドーシス,肥大性骨関節症,慢性痛風性関節炎,神経障害性関節症(シャルコー関節)

 病歴からは関節リウマチを思いうかべますが,血痰と慢性多発関節炎をきたす疾患を考えてみましょう。この方は太鼓ばち状指を認めますので,肥大性骨関節症の可能性を検討する必要があります。Tierney先生は,太鼓ばち状指をきたす疾患として,以下のものを挙げました。

[memo 3] 太鼓ばち状指をきたす疾患(Tierney先生)

チアノーゼをきたす先天性心疾患,動脈管開存,動静脈瘻,肝硬変,炎症性腸疾患,慢性間質性肺炎,気管支拡張症,肺悪性腫瘍,小児期から認められる原発性のもの

 やはり肺癌をはじめとする肺疾患の可能性がありますね。では視点を変えて,関節リウマチに伴う肺病変から,血痰をきたす可能性がないか検討してみましょう。関節リウマチの肺病変には,どのようなものがあるでしょうか。Tierney先生はいつも次の6つを挙げます。

[memo 4] 関節リウマチに伴う肺病変(Tierney先生)

肺リウマトイド結節,胸膜炎,間質性肺炎,血管炎,カプラン(Caplan)症候群,BOOP(Bronchiolitis Obliterans with Organizing Pneumonia)

 血管炎では血痰をきたすことがあります。さらに,肺結核の患者さんで稀に関節炎を認めることも報告されています。Tierney先生は,われわれに鑑別診断を解説するときに,いつも以下のカテゴリーを使います。Vascular(血管性疾患),Infection(感染症),Neoplastic(腫瘍性疾患),Collagen(自己免疫性疾患),Toxic/Metabolic(中毒/代謝性疾患),Trauma/Degenerative(外傷/変性疾患),Congenital(先天性疾患),Iatrogenic(医原性疾患),Idiopathic(特発性疾患)。

 さて,Tierney先生の鑑別診断は。。。

(つづきは本誌をご覧ください)

参考書
1)Garcia JA, Peters JI:Hemoptysis, Tierney LM, Henderson MC(eds) The patient history;Evidence-based approach, pp211-218. McGraw-Hill, New York, 2005
2)上野征夫:内科医のためのリウマチ・膠原病診療ビジュアルテキスト,pp 6-10,医学書院,2002
3)Hilliard AA, Weinberger SE, Tierney LM, et al:Clinical Problem-Solving;Occam's Razor versus Saint's Triad. N Engl J Med 350:599-603. 2004


松村正巳
1986年に自治医科大学を卒業し,初期研修は全科ローテート研修を受けました。病歴と診察でどこまで診断に迫ることができるか修行中です。

Lawrence M. Tierney Jr.
『Current Medical Diagnosis & Treatment』の編纂でおなじみのTierney先生です。日本には毎年来られ,いくつかの臨床研修病院で教育をされています。患者さんから学ぶことを最も大切にされ,病歴と身体所見,どの症候に着目するか,鑑別診断の重要性について,ユーモアを交えながら教育されます。内容はとても奥が深く,魅了されながら,サイエンスとアートを学ぶことができます。また,難しいときの一発診断にも,いつも感心させられます(松村正巳)。