HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻6号(2008年6月号) > 連載●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係
●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係

第6回テーマ

生活習慣病の向こうに癌がみえる

灰本 元(灰本クリニック)


 平均寿命は女性で85歳に,男性では78歳に達した昨今では,寝たきりや認知症がないなら80歳まで元気で生きたいという願望が多くの中年患者から聞こえてくる.一昔前は70歳までが主流だった.この願望に答えられるように長期的に深慮するのは開業医ならではの責務である.勤務医では数十年先まで診たくても診ることは難しい.

■なぜ患者にうちの医院に定着してほしいのか?

 医療機関に通院歴がほとんどない高齢の生活習慣病患者ではきわめて危険な場合が多い.初診時すでにあちこちの臓器が重度に障害され,脳梗塞や心筋梗塞の一歩手前に来ているからだ.中年時の状況を聞くと,「血圧なんか測ったことがない」「健診で異常と言われたが,医者に行くのが面倒だった」.このような方でも一度は風邪や腹痛で医療機関を受診しているのだが,そこに定着してなかった.また「内服していたんだが,血圧はいつも正常だからいつの間にか通院しなくなった」「担当の先生が転勤したから行かなくなった」などの理由で,医療機関とは無縁となってしまった患者も多い.

 風邪で来院したあのとき「血圧が高いですね」の一言を言えばよかった,そのまま医療機関にかかり続けていてくれたら,と悔しく思うのだ.

 生活習慣病ではまず大血管障害の予防のために,とりあえずどこかの医療機関に定着してもらいたい.けれども,勤務医でも開業医でも隣の医師より自分のほうが治療者としてすぐれていたい,はやる医師でありたいと思うのは当然だから,できれば自分の医院に定着してもらいたい.これらが定着してほしい表向きの理由である.しかし,実はもっと別次元の裏の理由があって,開業して17年間も経った今だから,それがわかるようになってきた.今回はこの裏のテーマを中心に書いてみたい.

■患者の20年先まで見据える

 とある日,定年間近の56歳,男性,高血圧患者との会話である.

灰本 Aさんの家庭血圧はいつも120/80台に落ち着いているし,コレステロールも正常だし,糖尿病もないし,タバコも吸わないから,このまま行けば80歳まで脳梗塞も心筋梗塞もまず起こしませんよ.

患者 本当ですか? でもなんだかそう言ってもらえるとうれしいな.

灰本 でもね,話はそう簡単じゃないんです.なにせ癌がありますからね.癌は誰の上にも平等に降ってくるから,癌検診だけは毎年受けましょうね.

患者 ふーん,そんなもんですか.

 こんな具合である.

 患者は内心「本当にそんなに長生きできるかな」「そんな先のことなんか医者にもわからんだろう」という表情をしている.確かにそのとおりなのだが,私が20~30年後の未来を見据えて診ているという思いはよく伝わるので,おおむねうれしそうな表情をしてくれる.そういう思いが伝わることのほうが重要なのかもしれない.

■当院の生活習慣病と癌の事情

 もう少し詳しく現状を説明すると,当院では最近の5年間,35歳から99歳までの1,200人の高血圧患者,450人の糖尿病患者のうち脳梗塞でADLが低下した患者は一人もいない.80歳以上の患者では毎年数人ほど軽い片麻痺や構音障害で短期間入院をすることもあるが,ADLの低下なく退院してくる.これは家庭血圧を長年徹底して下げて(最高血圧を120台~130前後)いるからだと思う.一方,狭心症や心筋梗塞はしばしば発症しており,これは糖尿病の増加やコレステロールの管理が甘いことに原因があるようだ.しかし,64列マルチスライスCTによる冠動脈造影を2年間に280例も近隣のT病院へ依頼している状況にもかかわらず,最近の5年間に心筋梗塞の死亡は一例もない.代務の循環器内科医S先生やT病院の冠動脈造影,PCI,バイパス手術の技術が高いからである.

 その結果,70歳以上の生活習慣病患者の2/3~3/4は癌に罹患していく.したがって,私は開業医としての責務を果たすために,生活習慣病を徹底して管理すると同時に,早期癌の発見へと設備や技術の重心を移していった.早期癌への執着は私がかつて病理学を学び,病理医として生きた経歴が底流にあるのだろう.

(つづきは本誌をご覧ください)