HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻10号(2008年10月号) > 連載●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより
●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより

第7回テーマ

感染性心内膜炎のマネジメント

大曲貴夫(静岡がんセンター感染症科)


■発熱,心雑音,腰痛の訴えでER受診した65歳女性

現病歴
大動脈弁狭窄症を指摘されている65歳の女性が,歯科にて抜歯後,2週間続く微熱,食欲不振,易疲労感,倦怠感,安静でも改善しない腰痛で救急外来を受診した.歯科の抜歯直前にはとくに内服治療を受けていないという.抜歯後に2世代経口セフェムを処方された.薬物アレルギーはない.

身体所見
体温37.8℃,心拍数90/分,呼吸数22/分,血圧130/70mmHg.全身状態:ややきつそうにみえる,“だるくてどうしようもない”と.頭目耳鼻喉:結膜の出血斑あり.頸部:問題なし.心臓:逆流性のII/VIの収縮期・拡張期雑音あり,心尖部へ放散.胸部:肺胞呼吸音.腹部:平坦・軟,腫瘤なし,肝脾腫なし,第3・4腰椎に一致した叩打痛あり.四肢:爪下点状出血あり,手掌に無痛性の紅丘疹.

検査データ
白血球15,000/μl(好中球75%,桿状球7%,リンパ球15%,単球3%).尿沈渣:白血球20/HPF,赤血球5/HPF,蛋白2+.経胸壁心エコーで大動脈弁逆流があり.血液培養:3セット陽性,連鎖状のグラム陽性球菌(図1)が検出された.

 このケースの診断は何だろうか?

■本疾患の診断は■

 この患者の診断は感染性心内膜炎である.原因菌はStreptococcus mitisであった.

【Q1】あなたはどれぐらい感染性心内膜炎を診たことがありますか?
──疫学を知る

 医療を行ううえでは,自身の医療環境つまり医療を行っている地域や診療している医療機関における特定の疾患の頻度,もう少し科学的にいうと“罹患率”を知っておくことが必要である.皆さんは感染性心内膜炎の頻度はどの程度だと感じているだろうか?

 感染性心内膜炎の発生頻度については,人口10万人あたり1年で1.7から6.2例という報告がある1).人口10万人あたり1年で中央値が3.6(レンジ0.3-22.4)という報告もある2)

 感染性心内膜炎は頻回に見る疾患ではないと言える.しかし「遭遇する頻度が少ない」=「見落としても仕方がない疾患」では断じてない.なぜなら感染性心内膜炎は死亡率の高い疾患であるからだ.Commonな疾患の確実な良質のマネジメントが重要なことはいうまでもないが,われわれ臨床医は,滅多に見ない重篤な疾患も見逃さないようにしなければならない.そのためには,頭に知識を入れておくことが重要だ.

【Q2】どのような患者を見たら感染性心内膜炎を意識すべきか?
──患者の背景から問題に迫る

 感染症のマネジメントのうえでは,基本的な考え方を知ることがきわめて重要だ.どんな複雑にみえる状況であっても,原則に照らして考えることで問題を解けるようになる.

 感染性心内膜炎の患者の診療では,診断方法・治療オプション・外科手術のタイミング・合併症のマネジメントなど,多くのことが問題となる.しかしこうしたことが問題になるのは,患者さんあってのことである.

 実際の医療現場での一番大きな問題は,「そもそも患者が来院した際に,感染性心内膜炎を鑑別診断として思い出せない」ということなのだ!

 なぜ思い出せないのか? それは心内膜炎に特異的な症状や所見が少ないからだと思われる.だから,患者に漠然と接していると,上気道炎などのきわめてCommonな疾患のレッテルをついつい貼ってしまう.これは,Commonな疾患をもった患者がどっと押し寄せる市中の診療所・クリニックの外来などでよく起こる.押し寄せる患者の多くは急性上気道炎などの軽微な疾患の患者であるので,そのなかに感染性心内膜炎の患者が紛れこんでも,ついつい同じ診断をつけてしまうのだ.

(つづきは本誌をご覧ください)

参考文献
1) Mylonakis E, Calderwood SB:Infective endocarditis in adults. N Engl J Med 345:1318-1330, 2001
2) Moreillon P, Que YA:Infective endocarditis. Lancet 363:139-149, 2004


大曲貴夫
聖路加国際病院,会田(あいだ)記念病院内科への勤務を経て,2002年1月よりテキサス大学ヒューストン校医学部内科感染症科クリニカルフェローとして感染症の臨床トレーニングを受ける.2004年3月静岡県立静岡がんセンター感染症科医長,2007年4月同部長となり,現在に至る.日本感染症学会感染症専門医,日本化学療法学会抗菌化学療法指導医,ICD制度協議会認定インフェクションコントロールドクター.