HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻9号(2008年9月号) > 連載●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより
●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより

第6回テーマ

骨・関節・軟部組織感染症のマネジメント

岩田健太郎(神戸大学 感染症内科)


■右肘の著明な腫脹・疼痛を訴える関節リウマチのある64歳女性

現病歴
30年来の関節リウマチにてNSAIDs,プレドニゾロン10mg内服中の64歳の女性.10年前に両膝人工関節置換術を施行されている.4日前に右肘に擦過傷ができ,自宅で消毒して様子をみていたが軽快せず前日から発赤,腫脹・熱感を伴い40℃の高熱を訴え救急外来を受診した.患部は発赤著明で圧痛があった.薬物アレルギーはない.

身体所見
体温38.6℃,心拍数120,呼吸数20,血圧110/70.全身状態:肘を触ると痛がる,頭目耳鼻喉:特に問題なし,頸部:問題なし,心臓:I,II音正常,雑音なし,胸部:肺胞呼吸音,腹部:肥満・軟,腫瘤なし,四肢:右肘に10cm程度の範囲で腫脹した紅斑を伴う皮疹,リンパ節:触知せず.

検査データ
白血球12,200/μl(好中球50%,桿状球42%,リンパ球7%,単球1%).創からの浸出液グラム染色でグラム陽性球菌.関節液所見:白血球32,500/μl(好中球95%,リンパ球4%,その他1%),結晶なし,グラム染色:グラム陽性球菌あり,ブドウ球菌様の形態.

【Q1】診断は?

 骨・関節感染症の診断は,解剖が命です.やられているのは,皮膚? 皮下? 筋膜? 筋肉? 骨? 関節? 腱? このケースの場合,皮膚の発赤があるから皮膚感染症(丹毒)や皮下の感染症(蜂巣炎,蜂窩織炎)の可能性があります.たぶん,これらも合併しているでしょう.

 命にかかわる怖い疾患に壊死性筋膜炎があります.壊死性筋膜炎は決して重症の蜂窩織炎ではありません.皮膚所見は目立たないことも多く,むしろ皮膚所見の地味さに合わないバイタルの狂いが,診断のヒントになります.疑ったら速攻で専門家コンサルト.見たことがないとなかなか診断できない壊死性筋膜炎ですが,一度見ると一生忘れられない感染症でもあります.決して稀ではありません.

 他にも屈筋腱炎,骨髄炎など,骨・関節・軟部組織感染症は鑑別疾患が多いのです.解剖学を意識して,丁寧に診察しましょう.

 このケースの場合,関節の関節炎,いわゆる化膿性関節炎を疑います.診察上,肘の蜂窩織炎と化膿性関節炎を区別するのは簡単ではないこともあります.関節可動域の減少や関節裂に特異的な圧痛,関節そのものの腫脹がヒントになります.とどめは,関節穿刺液.関節穿刺液で大量の白血球を認め,グラム染色が陽性なら診断は決まりです(ただし,グラム染色は偽陰性になる可能性はあるので,「見えない」からといって否定してはいけない).関節穿刺液の白血球は典型的に5万/μl以上になります.ただし,30%程度の症例では,白血球はそれほど高くないので,絶対的な指標ではありません.

 肘に多いのが,関節の周りにある滑液包の炎症,滑液包炎(bursitis)です.こちらは非常に予後の良い感染症です.化膿性関節炎との鑑別は,関節可動域のあるなしが重要です.化膿性関節炎では,ほぼ必発で関節可動域は減少していますが,滑液包炎ならほとんどフルで関節を動かせるからです.

 急性発症の単関節炎(ひとつの関節だけやられている)では必ず化膿性関節炎を疑いましょう.関節リウマチがあるから,「リウマチの増悪か」,なんて決めつけて,ステロイドを増量したりするのは御法度です.関節リウマチの場合は,典型的には対称性の多関節炎です.実は,化膿性関節炎は,リウマチ,変形性関節症,痛風,偽痛風などで関節の破壊が存在するところに発症しやすいのです! だから,関節リウマチがあっても化膿性関節炎は否定できず,関節穿刺液で尿酸結晶が見えても化膿性関節炎は併存しているかもしれないのです.

(つづきは本誌をご覧ください)


岩田健太郎
島根県生まれ.島根医科大学卒業.沖縄県立中部病院研修医,セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医,ベスイスラエル・メディカルセンター感染症フェロー,北京インターナショナルSOSクリニック家庭医,亀田総合病院を経て,現在神戸大学感染症内科教授.米国内科専門医,米国感染症専門医,日本内科学会専門医,ロンドン大学熱帯医学衛生学校修士,米国内科学会フェロー(FACP),PHPビジネスコーチ.