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●研修おたく海を渡る

第55回テーマ

I hate role plays! ハーバードでの緩和医療ワークショップ

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 ハーバード大学で開かれた緩和医療ワークショップに参加してきました.

 「人生が変わる体験をした」と,これを契機に小児と大人両方の緩和医療の専門科になる決意をした同僚に強く勧められたのです.部長と交渉し,受講料6,000ドル弱の半額をラッキーにも出してもらえることになりました.

 ワークショップには,スイス,アラブ首長国連邦,中国,イギリス,ブラジル,ルーマニアなど国際色豊かな総勢60数名が集まりました.職種もソーシャルワーカー,看護師から,救急専門医,ペインクリニックの麻酔科医,集中治療医,緩和医療フェローシップのプログラムディレクター,赤毛のアンで有名なプリンスエドワード島に2人しかいないというホスピス専門医,医師の資格とMBAを持ちながら病院の経営に参画するCEOとさまざまです.

 朝7時から,夕方6時近くまで1週間,7~8人の小グループと全体でのレクチャーをおりまぜながら,みっちりとワークショップが続きます.バラエティに富んだプログラムを提供する指導陣も,緩和医療の専門科,精神科医,痛みの専門科,経営コンサルタント,ソーシャルワーカー,実際の患者,さらには模擬患者と多彩です.

 医学教育ではめずらしくなくなったロールプレイですが,気恥ずかしいというか,まだまだ抵抗感があるのは否めません.ですが,悪いニュースを伝える時,またその際患者あるいは家族が思いもしなかった反応をした場合に備えるためには有効な練習方法です.

 “I hate role plays!”何でロールプレイがいやなのか,とことん追求しようというのが初日の小グループのテーマでした.「恥ずかしい」「芝居がかって嘘くさい」「間違っていないか,バカにされないか気になってしょうがない」「一言一句もらさずに聞かれるのがいやだ」「きついコメントをされたのが,今でもいやな思い出として残っている」「口に出した瞬間にダメ出しされた」

 練習として気楽に参加できるはずのロールプレイにもこれだけのリスクが隠れています.

 ロールプレイが実際とかけ離れているとか,嘘くさいと言われる一方で,ゴルフの打ちっ放しや,オートテニスの練習が,本番での成功につながるのも事実です.練習なしの実戦だけでは,リスクが大きすぎます.命がいくつあっても足りません.

 では,リスクがとれる環境とはどんなものでしょうか?本当のケガをしないですむ安全な環境,いつでもストップできる状況作りが大切です.リスクをとってもいいと思える安心感をはぐくむためには,参加者間の信頼が必要です.

 どうしてロールプレイの前に“I hate role plays!”から始めたのか.その種明かしを最後にしてくれました.起こりうるリスク(陰性感情)を確認,準備しておかないと,感情の高まりといやな気持ちだけが残り,欲求不満に終わることが多くなります.だからI hate role plays! で始まらないロールプレイはなかなか成功しないのです.リスクとベネフィットを明らかにしておいて,課題に取り組むことで最大の成果を上げることができるのです.

 ロールプレイの成果とは,時には極端とも思われる反応も含めていろいろな場面を経験することで実戦に強くなる.つまり臨機応変に対応できる力をつけることです.

 次回からは,緩和医療そのものを定着させる戦略,チーム医療について紹介していきます.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.