HOME雑 誌medicina誌面サンプル 46巻10号(2009年10月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第46回テーマ

アメリカ開業医の視点

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 今年の4月から,“Private Practice”─開業医として働いていた経験豊富な医師が,仲間に加わりました.違った視点からの多くの指摘は,新鮮で目を開かされる体験となりました.10年ほど“academic”すなわち大学病院で働いたあとに,全米でも有名な腫瘍内科開業グループでさらに10数年経験を積んだという筋金入りのベテランです.子どもの大学卒業を機に昔から好きだった若い人への教育現場に戻ってきたのです.

 彼の希望ははっきりしており,契約の条件にも「教育の時間を必ず確保する」という項目が織り込まれていたそうです.大学病院でのトレーニング中にはなかなか触れることのできない開業医の生活,考え方も伝えたいと穏やかに彼は語ります.大学では腫瘍内科医としてもさらに専門分野を決めることが普通なのですが,General Oncologistとして「がんなら,なんでもいいよ」と人手の少ないところをカバーすることを厭わずひょうひょうとしているのです.

 まず彼が目をつけたのは,受付から実際に診察を受けるまでの時間が長すぎるということでした.受付から診察までには,ナースエイドと呼ばれる人がバイタルサインをとる時間も含まれます.予約時間通りに患者を見ることが難しくなるため,この時間が15分を超えてはいけないと指摘したのです.遅いなぁと思いつつも,今まで誰も,制限時間を決めたことなどなかったようです.外来看護部長が呼び出され,話し合いがもたれました.「時間通りに見てもらって,しかも抗がん剤の治療も予定通りに受けられた.こんなことは初めてだ.遠くから通う身には助かる.ありがとう」という感謝のコメントを彼は早速もらっています.その効果はまだぼくの外来では実感するところではないですが…….

 「開業時代との違いは?」と聞くと,かつて属したグループの年度ごとの分厚いレポートを取り出してきて,年間の新患数,のべ外来患者数,入院患者数が医師別に出された表を見せられました.請求額と回収率も,患者の持つ保険別に細かく出ています.ここまでなら,ぼくのいる大学でもありそうですが,PET/CTなどの検査をオーダーした件数が医師ごとに一覧になっていました.売り上げとの関係だけでなく,医師の診療パターンを知り,振り返るためにも,大事な情報だとのことです.若い医師ほど,画像に頼るパターンが明らかに見て取れました.

 病理検査の結果報告も,開業グループが数段早いようです.結果を待つまでの不安を思えば当然ですが,そういった臨床現場でのスピード感を重視している点には感心させられました.その他にも,どうすれば保険会社からの支払いがちゃんとされるか,メディケア,メディケイド,州の保険,民間の保険の違いを実によく知っています.これを知らずには回収率を上げられないため,医師,看護師を対象に,定期的にレクチャーがあるそうです.もう少し下調べをして,このコラムでもぜひ取り上げたいと思います.

 オバマの登場で,医療費が大幅にカットされるであろうと,いろいろな憶測がでています.大学病院も経営努力なしでは許されない時代になったのです.開業医の考え方を伝えたいという彼もはっきりしていますが,ボスもはっきりしています.「俺はリサーチが心おきなくできればいい.もちろんクリニックの改善には興味はない.そのかわり,やってくれそうな人を仲間にするんだ.Make sense(納得やろ)?」と.

 組織作りとは,おもしろいもんだと改めて考えさせられました.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.