HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻10号(2008年10月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第34回テーマ

外科医の修行

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 今回は心臓外科医の友人の生活,日々の修行について紹介したい.

 彼は,研究を含めた10年におよぶトレーニングを経て,昨年心臓外科医として,サンフランシスコにある開業グループの一員に加わった.開業グループと言うもののサンフランシスコでは,UCSF(カルフォルニア大学サンフランシスコ校)や,スタンフォード大学に引けをとらない,むしろそれ以上に実績にあるプラクティスだそうだ.そして何よりも師匠のもとで働きたいの一心で決めたという.

 彼の一日は,典型的外科医の例に漏れず,朝早い.5時半に病院に到着し,ICU,病棟の回診をすませる.たいてい7時頃から一例目の手術に入り,二例目の手術が3時頃に終わるそうだ.心臓血管バイパス術や,弁置換といった心臓外科の手術である.術後の患者が落ちついているのを確認した後,もう一度,病棟の患者の回診をして一日が終わる.夜は,ホスピタリストという病棟管理が専門の医者や,インテンシビストという集中治療専門医が,カバーしてくれるので,手術に直結することでないかぎり呼ばれることはないとのこと.

 心臓外科フェローのときに比べて,手術前後の管理や,種々の雑務をこなしてくれる人がいるので,時間的にはずいぶん楽になったと言っていた.ただフェロー時代と違い前立ちにしろ,執刀医にしろ手術に対する責任の大きさは,ひしひしと感じると.指導医になってからも,最初の1年間,文字通り一日も休まずに病院に通い回診したという.「アメリカは,オンとオフが……」とひとくくりにできない事実と,もっとうまくなってやろうという彼の純粋な気持ちに身が引き締まる思いがした.

 「Relentless」それが今,彼に与えられたテーマだという.「絶え間なく」かつ「辛抱強く」といった感じであろうか.次を読み,そのまた先を読み,よどむことなく手を動かし続けることだそうだ.それは,ただ個々の技術がうまいとか,速いということではないらしい.「頭で考える」ことでもないそうだ.「考える」のは手術の前と終わった後.術中は,ただ体が反応しなくてはいけないと.刻々と変わる1つひとつの局面で,的確な判断をしながら,しかも手術のはじめから終わりまで「全体」を見通すことを求められるのだ.

 もう1つの「全体」を把握することも求められる.ともすると術野に集中しがちな彼に「Room Control」という声が,師匠からかけられる.「術野に集中しつつ,患者,麻酔科医,ナースすべてをコントロールしなくてはならない」と.「チームのメンバーを尊重するのは大事だが,遠慮はするな.リーダーはお前だ」ということを繰りかえし言い聞かされる.「引き出しをたくさんにして,さらにその中に自分の武器を整理して持てるように,今はひたすら経験を積みなさい.そして手術の前とその後に,必ず考えなさい」

 「同じ10件でも,そんな要求のなかで過ごす5日の10件と,1カ月の10件は,わけが違う」と.プレッシャーはあるが,毎日の手術で,必ず自分で改善点を見つけたり,師匠が新しいことを気づかせてくれるので,「毎日の手術が,楽しくてしょうがない」とも彼は言う.

 お酒が飲めないくせに,師匠との採用面接では,カリフォルニアワインの何たるかを聞きながらワインをすすったという彼に,この人のもとでうまくなってやろうという「プロ根性」を感じた.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.