HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻4号(2007年4月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第16回テーマ

臨床治験

白井敬祐


 今回は,臨床治験がいかに進められるかについて紹介したいと思います。

 「アメリカで使える薬が,なんで日本で使えへんねん」と患者さんから言われたことがある方もおられると思います。ぼくもアメリカに来て臨床治験の多さに驚きました。例えば写真1は,先日外来で撮ったものですが,現在うちの施設で行われている乳癌の治験の一覧です。乳癌の治験だけでこの数です。

 ご存じのように臨床治験でデータを集めるのは非常に骨の折れる作業です。一つひとつの臨床治験に百ページ近いプロトコールがあります。とても一人の医師でまかないきれるものではありません。そのために臨床治験コーディネーターと呼ばれる人たちがたくさんいて,この複雑な治験の過程を手助けしてくれるのです。僕のいる田舎の大学ですら,治験コーディネーターが常時十数人います。一人の治験コーディネーターが,だいたい5~8個の治験を担当しています。治験に登録できそうな患者がいると,電話連絡ひとつで外来に現れて,治験についての患者さんへの説明からしてくれます。その他,治験進行中の患者さんの外来受診日には,必要な検査データがそろっているか,副作用報告の必要がないかプロトコール違反がないように一緒にチェックし,次回外来受診の予約まで手伝ってくれます。時には治験責任者に問い合わせもしてくれます。

 抗がん剤を順番に使ったほうがいいのか,同時に使ったほうがいいのか。一つよりも,二つ組み合わせるのがいいのか。毎日少しずつがいいのか,1週間ごとあるいは3週おきがいいのか。治療の組み合わせというのは薬だけではありません。さらに手術だけでいいのか,放射線も組み合わせたほうがいいのか,もしそうなら,放射線のあとに手術をするのか,手術をしてから放射線を当てたほうがいいのか。若い人と,高齢の方は同じ治療でいいのか。わからないことだらけです。これらの疑問は,すべて治験で明らかにされるべき問題なのです。さらに人種の間で効果に差が出る薬があることも,難しいところです。そのためアメリカで使える薬がすぐ使えるというわけではありません。

 いろいろな問題やその体質がとかく非難されがちなFDAですが,1960年代のヨーロッパ,日本など多くの国でサリドマイドが認可されていくなかで,最後までそれを認めなかったのはアメリカのFDAなのです。その当時の女性審査官であったケルシーさんの講演を聴いたことがあるという同僚のフェローは,80歳を超えても毅然としたりりしい審査官に感銘を受けたと興奮して語ってくれました。

 スタッフは“Clinical Trials Bring Hope”「臨床治験が,希望をもたらす」(写真2)といったバッジを付けて日々活動しています。中には“Cancer Sucks”「がん,くそったれ」(写真3)? なんてのを付けてる人もいますが……。最近では大学病院だけでなく大きな開業医グループも積極的に臨床治験に登録しています。僕らフェローは新患をみると,治験一覧をチェックして,登録可能な治験がないかを,まずはじめに確認するように教育されています。こんなふうに多くの治験が,アメリカ中のがんセンターで行われ,効果的な治療を見つける努力がなされています。

 これだけの治験をこなすのに,「どこからお金と人が出るのか」また「どんなincentiveがあるのか」そこらへんを探れればと思っています。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。