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●日常診療の質を高める口腔の知識

第4回

歯垢はバイオフィルム

岸本裕充(兵庫医科大学歯科口腔外科学)


 口内炎,ドライマウス,歯肉出血と,口腔に生じやすいトラブルについてお話を進めてきました。今月は,むし歯・歯周病の原因となり,さらに誤嚥性肺炎との関連も注目されている「歯垢」についてのお話です。


■むし歯・歯周病の原因となる歯垢とは

 内科領域でプラークと言えば,「冠動脈の『プラーク』に破綻をきたし」などと,動脈硬化を起こした血管における「粥腫」・「粥状硬化巣」が頭に浮かぶと思いますが,歯科領域では「歯垢」・「デンタルプラーク(dental plaque)」のことを指します。最近はテレビの歯ブラシや歯磨剤のCMでも「プラークコント-ル」という表現が使われるようになり,すっかり市民権を得た印象があります。本稿では,特に断わりのない限り,歯科領域での習慣に従って,歯垢あるいはデンタルプラークを単に「プラーク」と略させていただきます。

 「むし歯・歯周病の原因はプラークである」という事実,そして「プラークコントール(狭義には歯みがきによるプラークの除去)で,むし歯・歯周病の予防が可能である」ということについても,誰も驚かれないと思います。しかし,「むし歯・歯周病の原因菌はそれぞれ異なる」,さらに「歯みがきの方法も異なる」という話となると,みなさんが毎日している歯みがきであるにもかかわらず,かなり怪しくなってくるのではないでしょうか? これについては後述します。

 プラークは乳白色で,歯に似た色調であることから,見落とされがちです。しかし,歯垢染色液を用いると,特別な器具も必要なく簡単に明示できます(図1)。むし歯菌・歯周病菌などを含め,多種・多量の菌を含んでいます。その濃度は「1gあたり1011(1,000億)」のオーダーで,糞便に匹敵するレベルです。

■バイオフィルムとは

 バイオフィルムをご存じでしょうか? 直訳して「生物膜」とするとますます意味不明ですが,簡単に説明しますと,「あらゆるものの表面に,菌が排泄するスライム(ネバネバ成分)によって層をなして堆積している状態」と定義できます。浴槽のヌルヌルはまさにバイオフィルムの代表です。

 菌を培養するためのフラスコ内では,菌は浮遊状態でバラバラですが,生体も含め自然界では,大部分の菌がバイオフィルムの形で「共同体」を形成して棲息しているのです。

 バイオフィルムのネバネバへの吸着を応用し,水質の改善など「有益」に作用することもありますが,医療の現場ではバイオフィルムは「悪者」になることが多く,主に2つのパターンで問題になります。1つは人工物表面に形成されることで,そしてもう1つは難治性慢性疾患の原因としてです。前者の代表が中心静脈カテーテルであり,後者ではびまん性汎細気管支炎(diffuse panbronchiolitis:DPB)や慢性骨髄炎,慢性副鼻腔炎などを挙げることができます。

■プラークはバイオフィルム

 バイオフィルムについてのイメージが湧いてきたと思いますが,プラークもバイオフィルムそのものなのです。プラークを例に,バイオフィルムの性質を整理し,その対策も含めて考えてみましょう。。。

(つづきは本誌をご覧ください)


岸本裕充
1989年に大阪大学歯学部を卒業し,兵庫医科大学歯科口腔外科学講座へ入局。化学療法後の口内炎に苦しむ患者さんを毎日のように往診し(研修医時代),頭頸部癌術後患者のMRSA定着・感染に苦しみ(医員の頃),その後は手入れが良くないと不潔になりやすい口腔内のインブラント義歯(人工歯根療法)に取り組んでいます。これらの経験が口腔ケアに活かされていると思っています。