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●外来診療に差をつけるコミュニケーションスキル

第8回 テーマ

三者関係を診療に生かす(1):
家族を意識した患者とのコミュニケーション

木村琢磨(国立病院機構東埼玉病院総合診療科)


【キーワード】
●三者関係
●診察に不在の家族と患者の関係性
●家族の解釈モデル

事例紹介:姑に言われたことを契機に子どもを受診させた母親1)

 5歳の女児が,今朝から発熱と鼻汁があるため,母親に連れられて外来を受診した.医師は上気道症状が受診動機と考え,病歴聴取を手短に切り上げ身体診察を行って,母親へ説明を行った.

医師 「熱が出たのでお母様もご心配と思いますが,風邪のようですから大丈夫ですよ」
母親 「先生,風邪はあまり心配していないんです.実は昨日の朝,いすから落ちて頭を打ちまして……」
医師 「そうでしたか」

 医師は,母親からの意外な返答に内心驚かされた.明らかな感冒症状で来院しても,解釈モデルや受診動機を診療の前半で確認しておくべきだったと反省した.その後,母親から頭部を打った際の様子を聴取したところ,「母親が目を離した隙にいすから床へ落ちて後頭部を打ったが,いすの高さも低いうえ,床には絨毯が敷かれていた」という.追加の身体診察では神経学的に異常を認めず,臨床的に問題ないと考えられた.ただし,なぜ,昨日ではなく本日受診したのかが気になり,医師は母親に尋ねた.

医師 「いすから落ちた昨日ではなく,今日いらしたきっかけが何かあったのでしょうか」
母親 「実は同居している義母が,“いすから落ちたのに医者にも行かず大丈夫なのか”と昨日からずっと心配していまして…….正直,風邪もいすから落ちたのもあまり心配していないのですが,今日になっても義母が“風邪もひいているし,昨日,頭を打ったことも含めて先生に診てもらったほうがよい”と何回も言うもんですから…….実は義母も先生に外来でお世話になってるんですよ」
医師 「ああ,お義母様,○○さんですか」

 医師は想像もしていなかったが,母親は義母に言われたことを契機に,子どもを受診させていたのである.

母親 「義母は最近,特に口やかましいですし,物忘れも激しいんですよ.先生から何とか言っていただけませんか」

 医師は,義母が外来で,「嫁が言うことを聞かなくて……」ともらしていたことを思い出し,どう対応すればよいか考えてしまった…….

■患者の受療行動・症状・生活習慣には,家族が関係している

 一般に,ある人の健康感や心身に不調が生じた際の受療行動には,患者の家族が関係しているとされます2~4).つまり,ある人に何らかの健康問題が生じた際に,医療機関を受診するか否かの判断や,どの医師に診てもらい,どのような検査や治療を受けるかなどの意思決定には,家族が影響を与えているのです2~5).また,患者の家族は,患者の症状や生活習慣にも多大な影響を与えているとされています2~4)

 そのため,患者が一人で外来を受診した際に,患者と医師の二者関係のコミュニケーションとともに,待合室や自宅にいる患者の家族も意識した三者関係で臨床事象を捉えれば,臨床的に有用な場合があります.その一方で,医師が患者との二者関係の際に,医師・患者・家族という相互関係を意識せずに不用意な発言をすれば,複雑な三者関係に巻き込まれてしまうこともありえます.

 本稿では,診察室に不在の家族と患者の関係性に配慮して外来患者とコミュニケーションをとる方法や注意点について考えます.

■診察室に不在の家族と患者の関係性に配慮した診療

 それでは,患者との二者関係の診療時に,診察室に不在の家族と患者の関係性に配慮した診療を行うには,どのようにアプローチすればよいのでしょうか.以下に,筆者の考える具体的方法について記述します.

家族の解釈モデルを認識する

 患者の家族が,患者の病状をどのように捉え,医療に何を期待しているかという,家族の解釈モデルを医師が認識することは,患者やその家族と治療関係を築くのに必要です2~4).具体的には,「ご家族は何かおっしゃっていますか」「ご家族は,○○さんの症状について,どのように思っておられるのでしょうか」などと尋ねます.さらに,「今回のことについて,ご家族にご相談なさいましたか?」などと質問すれば,事例のように,家族とのかかわりが受診動機であることが明らかになったり,家族に内緒で来院したなどの情報が得られ,患者と家族の関係性をアセスメントすることもできます.

患者の立場を推測する

 まず,患者の家族に関する発言を基に,患者の立場を推測してアプローチする方法があります.例えば事例の,「義母に言われて子どもを受診させた」という発言から,受診の背景にある母親の胸中を察して,「ちょっと目を離した隙とは大変でしたね」「お義母様に言われるとつらいですものね」などと声をかける場合です.もちろん,過剰な推測は好ましくありませんが,医師が患者と家族の関係性を的確に推測し,相手の思いを感じ取ることができれば,共感的な対応につながると考えられます.これには,さまざまな立場に置かれている患者の気持ちを察する能力が必要で,医師は社会経験を積むなどして,一般の常識的感覚を保つことが求められます.

 次に,患者が家族のことを語らない場合にも,医師が元々,患者やその家族の状況をある程度把握している際には,患者の立場を推測してアプローチすることが可能です.例えば,ある女性患者が「最近,パートを始めたんです」と発言した際に,元々医師が認識していた「この患者は,寝たきりの義母の面倒をみている」という背景を踏まえ,「介護のうえにパートでは,お忙しいですよね」「パートの間は,お義母様の介護は大丈夫ですか」などと声をかける場面です.医師は,これを短時間で行う必要があり,日頃から家族図(genogram)の作成に努めるなどして,あらかじめ患者とその家族の背景を把握しておくことが不可欠です3~5)

(つづきは本誌をご覧ください)

文献
1)松村真司,箕輪良行(編):コミュニケーションスキル・トレーニング――患者満足度の向上と効果的な診療のために,医学書院,2007
2)Cole SA, Bird J:メディカルインタビュー,飯島克己,佐々木将人(訳):家族面接,pp 187-211,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2003
3)飯島克己:家族とのコミュニケーション.外来でのコミュニケーション技法,第2版,pp 144-176,日本医事新報社,2006
4)McDaniel SH, et al:家族志向のプライマリ・ケア,松下明(監訳):個人の患者に対する家族志向のアプローチ,シュプリンガー・フェアラーク東京,pp 40-50, 2006
5)松下明:家族カンファレンスのもち方.JIM 13:73-78,2003