Editorial

非薬物療法のススメ
酒見 英太
洛和会音羽病院

 この原稿は、後世に至っては近代史の一部として語り継がれるであろう新型コロナウイルス禍のお陰で、人々が自由行動を制限され、各種イベントが次々中止され、株価が暴落している最中にしたためている。ある評論家がTV番組でポロリと漏らした発言に「国民が消費や遊興を制限された今回の状況でも案外快適に暮らせることを覚えてしまうことが、禍が去った後の経済回復にマイナスに働く」といった内容があった。もちろん、これまでが過剰であったのではないかと国民が気づくことはマズイといったニュアンスである。

 便利さ・快適さの追及は留まるところを知らず、自ら立ち止まって考え欲求にブレーキを掛けることは今回のような「天災」が発生しない限りできないのが人間の悲しい性であるが、今回のウイルス禍を、経済活動をはじめ現代人の生活態度を反省する良い機会とすることが、せめてものプラスではないかと私は思う。

 私の勤める病院のERでも「不要不急」の受診が減ったことで軽症患者の受診数が減るという皮肉な現象が発生した。他国に類を見ない我が国の医療機関へのアクセスの良さから、これまで風邪など自然治癒の期待できる疾患でERを受診する患者さんが数多くいたが、この際、人体が何万年もかけて培ってきた自然治癒能力や免疫獲得能力を信じて、休養と滋養という我々の祖先が生き延びてきた基本的な方法で治す選択肢もあるのだということを思い出す良い機会となったかもしれない。また、今回のような確たる治療法のないウイルス感染症に打ち克つには、つまるところ、普段から健康的な生活を送る、すなわち、バランスよく栄養を摂り、よく体を動かし、嗜好品を節制し、睡眠を十分とることで本来備わっている免疫力を高めておくのが得策であると、多くの人が改めて悟ったかもしれない。

 この特集では、日常診療のさまざまな局面で、薬に頼らず人間がもつ自然治癒能力を高める手助けをして治癒に導くなり症状を緩和する方法を我々医師自らが自信を持って患者さんにお勧めすることで、さまざまな有害作用をはらむ薬物投与を減らすことを目指した。分担執筆は、趣旨に賛同してくださり、エビデンスの検索にも強い次世代のリーダー(候補)達にお願いし、譲歩してunder treatmentの危険に言及する部分はあってもよいが、“The less, the better” に振り子を振るのに水をささないために、薬物によるover treatmentを戒める姿勢からぶれることがないようお願いしたつもりである。

 本特集は医師向けに理屈っぽく書かれているが、患者さん自身が自分でもできる治療法を多数紹介することになるため、医学雑誌にしては珍しいであろうが、可能なら一般の方々にも手に取っていただきたいと願っている。