Editorial

人生を変えるほどの「出会い」を味わう
矢吹 拓
国立病院機構 栃木医療センター 内科

 人生は、出会いの連続だ。出会いによって、人生は変わる。

 本稿を書きながら、この言葉を噛みしめている。「出会う」というのは面白い言葉だ。「会う」とは違って、そこには“偶然性”が内包されている。意図的に「会う」のではなく、偶然に「出会う」のだ。

 情報化社会の現代、巷には多くの論文や書籍が溢れ、それらに容易にアクセスできる素晴らしい時代となった。一方で、どんなにたくさん論文を読めたとしても、大量にデータ処理できるAI(人工知能)の情報収集能力には太刀打ちできないだろう。論文や書籍を人間が読む意味はないのだろうか?

 NPO法人「ジャパンハート」の吉岡秀人先生が、YouTubeチャンネル「医師の教養」で、こんなことを語っていた。

 「自分が思っていることが、必ずしも正解ではない。結果よりも、プロセスで得たものが大きい」

 論文・書籍の情報や結果だけを飲み込んでいく作業が、必ずしも正解ではない。むしろ、その論文・書籍を読み込み、その過程で考え、悩む作業が大事なのだ。そして、そういうプロセスの中にこそ、「出会い」があるのだと思う。

 本特集では、各界のトップランナーの先生方に、「私を変えた激アツ論文」を主題に、みなさんの人生を変えた綺羅星のような論文や書籍をご紹介いただいた。論文情報は、わかりやすく「ビジュアルアブストラクト」の形でご提示いただいたが、何より「何が衝撃だったのか」と「そして、私はこう変わった!」にご注目いただきたい。盟友・青島周一氏と「これぞ激アツ!」と唸った次第だ。本特集が多くの読者にとって、素晴らしい「出会い」となることを願っている。


青島周一
医療法人社団徳仁会 中野病院 薬局

 小学校5年生の夏の終わりに、『モモ』(1973)という小説に出会った。ドイツの作家、ミヒャエル・エンデによる児童文学作品である。時間泥棒と、盗まれた時間を人間に取り返してくれたモモの不思議な物語に引き込まれたその経験は、本や言葉を身近なものに変えてくれるきっかけとなった。

 未だかつて自分が出会ったことのない物の見方や考え方。それは混沌とした何もない世界であるが、本の中の言葉たちは、そんな世界に意味を付与していく。本を読むこと、それは私にとって、言葉を得る感覚に近い。書き手のナラティブを追体験しながら、言葉の向こう側にある世界に近接していくなかで、新しい概念のディテールが鮮明になっていく。情動が揺さぶられる「出会い」の瞬間だ。

 本特集では、人生を変えた1冊の本のように、感動や衝撃を受けた論文や書籍を、「私を変えた激アツ論文」と呼び、その論文・書籍と出会った背景と概要、そして、その出会いによって何が変わったのか、を「誌上Journal Club」として展開した。

 学術論文に書き込まれた言葉たちは普遍的に妥当する「事実」であるという直観があるけれども、意味や価値を記述する言葉と同じように、文脈に応じてその「解釈」の可能性は異なる。事実と解釈は互いに独立しているものではなく、むしろ両者の“グラデーション”のなかで概念の「多様性」を生み出しているとも言える。この多様性のなかで、読者のみなさんは心突き動かされる言葉の数々と「出会う」ことになるだろう。