Editorial

「医師誘発性困難事例」の相談に乗る
藤沼康樹
医療福祉生協連 家庭医療学開発センター

 最近ある介護福祉関連のカンファレンスにアドバイザーとして参加した際、「どうしたらよいか困っている」と相談された。それは、某都市部のある高齢男性を担当しているケアマネージャーが抱えている事例であった。患者は妻と中年の息子の3人暮らしで、医学的問題点は、糖尿病、高血圧症、慢性心房細動、慢性心不全、脊柱菅狭窄症、脳梗塞後遺症、血管性認知症であり、直近数カ月で数回の自宅内転倒があるとのことであった。

 患者は、当初随時血糖が500mg/dL前後あり、「これは大変だ」と糖尿病診療の専門施設を受診し、強化インスリン療法が開始された。いわゆる“4回打ち”である。インスリン量は自己測定した血糖値により頻回に投与量が変更され、その連絡とインスリン療法の実施のために、多くの介護リソースがさかれることになった。その診療施設は訪問診療をしていないため、車椅子での定期外来通院が必要で、かなりの手間と時間がかかっていた。担当医は非常に熱心で、HbA1cは当初の12%から8%に低下し、「良くなってきた、頑張った甲斐があったね」「これからも頑張ろう」との言葉をスタッフにかけていた。その後1年にわたって血糖の頻回の報告とインスリン投与量変更指示が続いているとのことであった。

 ケアマネージャーがなぜ困っているかというと、血糖コントロールにこれだけ労力をさくことが本当に妥当なのか? 家族状況から、食事療法はほとんどできていないし、何か「コレジャナイ」感がある。また転倒も心配で、認知症についてはどうするのか、そもそもこのまま外来でよいのか、などの疑問がスタッフから出ているが、熱心な医師に対しては、それらの疑問を「なかなか言うことができない」とのことであった。

 「血糖がある一線を超えると、すぐに大変なことになる」という、なぜか流通している誤った認識を是正しつつ、このケースに対して僕がアドバイスしたのは、以下の3点である。

 ①典型的な他疾患併存(multimorbidity)である。したがってこの患者の「社会サポート+病状理解+レジリエンス」と治療負担、すなわち、「ポリファーマシー+診療の科別分断の程度+必要な生活習慣」が釣り合っているかどうかということを検討してみましょう、ということ。この場合、明らかに治療負担が大きく、バランスが崩れている。

 ②予後の観点からキーとなる疾患は糖尿病ではなく、おそらく慢性心不全である。フレイルな高齢者はいわゆる「労作」がないため、相当悪化しないと症状が出ないので、急にあたふたする可能性がある。

③この患者は、心房細動に対して抗凝固療法が行われており、危険な3つのタイプの転倒、すなわち抗凝固療法実施中である場合、一旦転倒すると自力で起きられない場合、骨折の既往がある場合のうち、前者2つが当てはまることがわかる。

 総じて対処としては、家族と相談して在宅ケアに移行すること。それにより妥当な社会的サポートを組織することと、インスリンの細かすぎる調整=ポリファーマシーの単純化などをはかる、ということになった。

 僕はこのような事例を「医師誘発性困難事例」と呼んでいる。大抵は多疾患並存と医師と他職種との権威勾配の問題がベースになっている。