Editorial

「工学知」と「人文知」を橋渡しする
共通言語が欲しい

小田倉 弘典
土橋内科医院

 最新のテクノロジーを用いれば、3Dマッピングによりモニター上にバーチャルなヒトの心房を描き、異常な電気的興奮の最早期部位を正確にとらえることができる。圧センサー付きのカテーテルと高周波電流を用いれば、その部位を安全に焼灼することは、もはや困難なことではない。

 カテーテルアブレーションの現場に一歩足を踏み入れたなら、たとえ循環器専門医といえども、それに慣れ親しんでいなければ、そこで描かれるコンピューターグラフィックさながらの画像の斬新さに驚嘆し、交わされる言葉は宇宙語のように感じられるだろう。

 実はこれは、先日私が紹介した患者さんが循環器専門施設でカテーテルアブレーションを受けた際にカテ室を見学した時に味わった「感じ」である。私自身、術者として初期のアブレーション治療の経験があるとはいえ、診療所勤務となって十数年が経ち、この間のテクノロジーの進歩はまさにイノベーションの連続と呼ぶべき驚嘆すべきものと感じられる。ちなみにこの日、60秒の高周波を1回カテーテルに流すだけで、その患者さんの十数年来の悩みは一瞬にして消失したのであった。

 その方は、長年「お腹のあたりから空気が抜ける感じ」を訴えて、私の診療所に通院されていた。消化器疾患や各種全身疾患を考え、さまざまな検査を行ったが診断できず苦慮していた。ある日、よもやと思いHolter心電図を施行したところ、心拍数150回/分、数秒間で出ては消える反復性の心房頻拍が見つかったのである。しかし、そこから専門医紹介までがまた長い道のりで、「空気が抜ける感じ」が心臓の疾患であることになかなか納得されず、紆余曲折を経てようやくカテーテル治療にまで漕ぎ着けたのであった。

 カテ室で語られる超専門的な言語。それに対して患者さんが診察室で語る「空気が抜ける感じ」や、カテーテルについて対話する時に用いられる自然言語。両者の間には、想像を絶するほどのギャップを感じざるをえない。それは、専門医から診療所医師に転身した時に感じた「理系から文系に移った時のような」ギャップであり、または「工学知」と「人文知」のギャップと言っていいのかもしれない。

 今の時代、この自然言語を超専門語に変換する装置(あるいはその反対)、もしくは「工学知」と「人文知」との共通言語が、最も必要とされていると言えるのではないか。この共通言語を獲得するのは、たやすいことではないだろう。深い知性や経験が必要となる。この1冊で、そんな言語が提供できるとは到底思えない。けれども、その共通言語の「いろは」だけでもつかんでいただければこれ以上のことはない。そう考えながら企画させていただいた次第である。