Editorial

診療所の外来で2番目に多いのは?
宮崎 仁
宮崎医院

 「診療所実習をこれから始める研修医の先生に、いきなり質問して恐縮だけど、うちみたいな内科診療所の外来で、一番多い健康問題は何でしょう?」
「かぜですか?」
「はい、正解です。では、2番目に多いのは?」
「高血圧……かな?」
「残念、違います。答えは“疾患なし”1)
「えっ、“疾患なし”って、何なんですか……?」
「身体の不調を感じて受診したけど、診察や検査をしても何も異常が見つからないというケースが、診療所では2番目に多いってこと。大学病院の専門医から街場の開業医に転職した時に一番びっくりしたのが、この事実だった。点滴してくれと言って、毎日やって来る人たちを片っ端から診察してみると、どこも異常なし。じゃ、その人たちがここへ来る理由とは?」
「心配だから?」
「そう、そのとおり。人は、“不安”になると医者の顔が見たくなる。医者に『大丈夫ですよ』と保証してもらいたくて毎日やって来るのさ。“疾患なし”を国際的に通用する用語に変換すると、“MUS(medically unexplained symptoms)”となる。MUSの患者が訴えるさまざまな身体症状は“氷山の一角”に過ぎなくて、その水面下には“不安”という大きな氷の塊が隠れている、そんなイメージを思い浮かべてみるとわかりやすいよ2)
「つまり、心配性な人たちは、診療所にとって大事なお客さんってことですね」
「ところが、そんな常連さんたちのことを、多くの医者が嫌っている(p.1230)。その理由は、なかなか症状がよくならないので“救世主願望”が満たされないとか(p.1227)、愁訴の数が多くて話が長くなるので外来の進行が滞るとか、いろいろあるんだけど。一方、MUSを診察する医者のほうも“不安”を抱いている。なぜかな?」
「ホントに“疾患なし”なのか、自信がもてないからですか?(p.1234)」
「うん。われわれ臨床医の診断能力は、パーフェクトじゃないからね。心配性な医者が、必要のない検査や投薬をむやみやたらにオーダーしちゃうことも大きな問題だ。かぜの次にコモンな問題なんだから、“不定愁訴”や“自律神経失調症”という曖昧なラベルだけを貼って、ずっと放置しておくわけにはいかないでしょ」
「逃げずに、ガチンコ勝負に出る……ですか?」
「そう、説明のつかない症状に出くわしたら、まずは『この人、“不安”なのかも』と疑ってみる。そして、“不安”の背景を探り、“不安”のタイプを同定し、うつなどの併存もチェックする(p.1177)。すると、その作業に取り組み始めただけで、水面下の“不安”という大きな氷の塊が……」
「溶け始めるのですね!」
「よき“治療同盟”を組んで、“不安”に関する対話を進めていくと、患者も医者も“安らぐ”ことができるようになる(p.1188)。ぜひ、“不安”を上手に解消できるようになってほしいな」
「ボクも……さっそく安らぎたく……ぐぅ……」
「おいこら、診察室で朝から寝ちゃダメだ。起きなさいっ!」

文献
 1)  山田隆司,他:日常病・日常的健康問題とは-ICPC(プライマリ・ケア国際分類)を用いた診療統計から(第1報).プライマリ・ケア23(1) : 80-89, 2000.
 2)  宮崎仁:医学的に説明困難な身体症状.日内会誌 98(1) : 188-191,2009.