Editorial
「内科は整理の学問だ」

山中 克郎
諏訪中央病院 総合内科

 論語が編纂されたのは,2000年以上前である.しかし,現代にも十分に通用し,人生の規範となる言葉が多い.

 当院麻酔科の村田恒有〈むらた つねあり〉先生の引率で,北海道にある弟子屈〈てしかが〉クリニックの院長として地域医療に精力的に取り組んでいらっしゃる行木紘一〈なめき こういち〉先生をお訪ねした.幅広い教養と不屈の実践力をもつ,大変魅力的な医師である.

 行木先生の別荘「三郎小屋」は,厚岸〈あっけし〉の海を見下ろす崖の上にある.夏樹静子 『Mの悲劇』 や加賀乙彦 『海霧』 『湿原』 の小説にも,小屋は登場する.行木先生の執務室のドアには,村田先生の筆による次の論語が貼ってある.お2人の長年にわたる交友を示すかのように,紙はセピア色に変色していた.

学んで思わざれば則〈すなわ〉ち罔〈くら〉
思うて学ばざれば則ち殆〈あや〉うし
学んでも考えなければ,(ものごとは)はっきりしない.
考えても学ばなければ,(独断におちいって)危険である.
孔子 『論語』 (金谷治 訳注/岩波文庫)

 臨床能力の高い医師の様子を観察していると,医学知識をまとめるのが非常に上手であることに気がついた.頭の中で体系的に整理されていると,医学生や若手医師にわかりやすく伝えることができる.ホワイトボードに病態生理図を描きながら,立板に水を流すようにスラスラと説明している姿を見ると,飛び抜けて賢く見えるのである.「内科は整理の学問だ」と納得するのだ.

 いまや,人工知能(artificial intelligence:AI)がチェス世界王者を打ち負かす時代である.AIは,ディープラーニング(深層学習)により間違いを学び,どんどん賢くなるらしい.コンピューターは,記憶することが得意だ.PubMedに登録されたすべての論文をAIに記憶させる,という試みもあるようだ.人間は太刀打ちできっこない.これからは,単純な暗記は,どんどんコンピューターがとって代わるだろう.医師が「最新のガイドラインに基づく降圧薬は,何を処方すればいいのかな」と診察室でつぶやくと,隣にいるロボットが,患者の年齢や既往歴に合った適切な降圧薬の種類と分量を瞬時に判断し答えてくれる時代が,すぐそこまで来ているように思う.では,医師が果たすべき役割は何だろう? 「巨大な知」と「患者の心」をつなぐことこそ大切である,と私は思うのである.機械にはできない,患者の心をつかむ温かな思いやりが大切だ.

 本特集では,“まとめ”の達人に登場していただき,どのようにして有益な医学情報を集めてそれらを整理し,実臨床に役立てているかを語っていただいた.興味深いことに,人によって情報収集の方法やまとめ方はかなり異なっている.オッサン/オバハンでも遅くはない.インターネットやコンピューター,スマートフォンをうまく活用すれば,内科診療を劇的に変えることができる.「学んで考え,考えて学び直す」ことで,より臨床能力の高い医師になれるのだ.しかし,患者への温かい思いやりに勝る治療はない.