巻頭言

[特集] これからの医療安全を考える

 2014年6月に医療法の一部が改正され,第三者機関の設置を含む新たな医療事故調査制度が2015年10月から施行されることになった.そこで今回の特集では,改めて病院管理者が医療安全に取り組む意義について考えてみた.患者安全を通して,外部調査や訴訟への対応による人的経済的損失から病院経営を守り,ひいては病院のブランドイメージを高めることに他ならず,今後は院内に留まらず,地域医療の安全を確保する中核としての機能も期待されるだろう.

 種田氏にはこれまでWHOで取り組まれてきた医療安全に関する概要をご解説いただき,国際的な動向と今後の展望についてご紹介いただいた.長尾氏には懲罰的ではなく安全文化構築の一翼を担うインシデントレポートの収集・活用を中心に,最新の取り組みに関してご執筆いただいた.新制度が有効に機能し,社会から信頼を得るには,医師集団を筆頭に,医療現場に豊かな報告土壌が存在していることが前提であると指摘されている.

 河野氏にはヒューマンエラー対策の動向をご紹介いただいた.どんなにシステムを整備しても「医療事故は必ず起こる」という前提を共有しながらも,医療従事者の専門家としての能力向上やリスクに関する知識の習得,手順や作業の標準化の重要性が指摘されている.児玉氏には,そもそもリスク・マネジメントによる信頼構築には限界があること,専門家のオートノミーと非専門家のモニタリングのバランスがとれるような制度設計こそが重要であるという提言をいただいた.

 医療事故が発生したとき,患者側が望むのは訴訟ではなく病院側の誠実な対応である.浦松・三木氏には,事故が発生した場合の情報提供の在り方に関して先進的なオーストラリアのオープン・ディスクロージャーの制度をご紹介いただいた.前村氏には,これまで国内で行われてきた医療事故調査の概観を踏まえて,実際に第三者機関による調査が始まる際,病院が取り組むべき課題や事故調査制度の運用に向けたポイントについてご執筆いただいた.また,豊田氏には,事故調査と患者・家族への対応の両立は不可能であり,医療安全管理者と医療対話推進者の役割分担と連携が不可欠であるという重要なご指摘をいただいた.

 在宅医療の推進により,医療依存度の高い患者の退院が増えている.中山・津田氏には,その最たる例として在宅で人工呼吸器や酸素を使用する場合の医療安全上の課題を提示いただいた.

 このように,病院が努力できる余地はまだある一方で,限界もある.例えば,日本では継続的・総合的に地域住民の健康を管理する制度がないことが,病院の医療安全を考える上でも大きなネックになっている.この点については別の機会に検討したい.

井伊 雅子
一橋大学国際・公共政策大学院 教授