病院 2010年4月号(69巻4号)
特集
医療の拡大がもたらす社会の厚生
-医療費亡国論再考
河北 博文(医療法人財団河北総合病院 理事長)
『いま医療費は,財政再建・行政改革の上でも予算編成の上でも,租税・社会保障負担の上でも,最大の問題の一つである.(中略)あらゆる面にわたって公共的経費の見直し,洗い直しが行われているのであるが,医療費に対する風当たりは,それが公共的経費の中でも巨額であるし,その伸び率も著しく高いこともあって,その風圧はかなり高い.このまま医療費が増えつづければ国家がつぶれるという発想さえ出ている.これは仮に「医療費亡国論」と称しておこう.』
この文章は1983年3月に『社会保険旬報』に掲載された,当時の厚生省保険局長 吉村仁氏の論文の出だしである.この論文では,国民負担率が上昇すると当時の英国や西ドイツ,スウェーデンのように社会の活力が失われてしまうという危惧を示し,そのためには公共医療費の総枠の抑制と治療中心の医療から,予防・健康管理・生活指導などに医療の重点を置くことが効率的であると述べられ,さらに医療の需要と供給ともに過剰であり,医師養成数の下方修正,病床数の削減,高額医療機器導入の制限などが提案されている.また同時に,地域医療における医療機関のネットワークの重要性や質のよい医療へ医療費の重点配分なども示されている.
その後,わが国では1980年代のバブル経済を経て “失われた15年” と言われる経済の後退期から成熟経済へと推移した.経済成長は国民の幸せと豊かさを得るためのものであり,その結果,寿命も延長し高齢社会になることは必然であった.また,政治も1955年からの体制が昨年の都議会議員選挙,総選挙の民主党の勝利により大きく変わる可能性が予想される.その一方で,1983年度末は137兆円であった国家債務は,2009年6月現在860兆円という先進諸国最悪の国家財政状況に陥っている.将来の世代に大きな負担となるこの債務は,もちろん,医療費の増大に起因するものではなかった.政策による所得再分配は,民間活力と調和を図りながら,農業や公共事業を中心にしたものから医療・福祉,教育,地球環境保全へと移行しなければならない.
わが国の医療は世界でも有数の効率的な医療であると言われている.しかし,この効率性は低医療費で高い質を実現することが求められ,医療者,特に病院勤務者の犠牲の上に成り立っていると言っても過言ではない.近年の病院医療崩壊の解決,政権交代による人に寄り添うことを政策の主体にした政治などにより,医療・福祉への財源配分の増加が現実味を増してきている.本特集では,“医療費が増えてなぜ悪い” という観点を踏まえ,医療費亡国論を再考しながら医療費増大が社会にもたらす影響を様々な側面から検証してみたい.