病院 2008年10月号(67巻10号)
特集
病院と家庭医療
神野 正博(特別医療法人財団董仙会恵寿総合病院理事長)
1985年6月,時の厚生省は「家庭医に関する懇談会」(座長:小泉明東京大学教授)を設置し,1987年9月には報告書を出版し,総合的な医療を提供する家庭医を専門的な分野として位置付けようとした.しかし,様々な理由で日の目を見ることはなかった.また,1986年に家庭医療学研究会が発足するものの,それもなかなか大きな発展は見られなかったという.
筆者は,日本病院会で新規に発行する冊子「勤務医のために」の執筆打ち合わせのため,同会の当時の担当理事であった西村昭男理事長(現・社会医療法人社団カレスサッポロ理事長)が経営する室蘭の日鋼記念病院を1999年に訪れた.そして,たまたま西村理事長の配慮により,同院家庭医療学センターで家庭医療というものに始めて触れ,本特集の執筆者の1人,当時のセンター長であった葛西龍樹氏と初めてお会いした.新しい医療への情熱に触れ,鮮烈なイメージだった.
時は,「家庭医に関する懇談会」から20数年が経過した.医師不足である.医療崩壊,特に地域医療の崩壊は国民的関心事となった.本年8月27日,舛添要一・厚生労働大臣が主宰する『「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会』で中間とりまとめ(案)が提案された.その中の「地域医療・救急医療体制支援」の項で,「地域医療の担い手の1つとして,専門医としての総合医・家庭医のあり方等について検討を進めるべきである」と家庭医が注目されているのである.
勤務医は疲弊している.そして,勤務医のほとんどが専門医である.複数の症状を持つ1人の患者は,複数の専門科を受診する.この時から病院を来院した1人の患者は,のべ数人の患者になるのである.そして,各専門医は多くののべ患者の診察で疲弊するのである.
今ほど病院で,地域で,1人の患者を総合的に診る医師が求められている時はないのではなかろうか.そこでは,総合診療内科医からさらに越えた,救急,産科,婦人科,小児科,一般外科,整形外科,精神科などのトレーニングを受けた「家庭医」が求められているのである.家庭医は病院や地域における患者トリアージの司令塔となりうるのであろうか.また,家庭医の育成は地方における医師不足の切り札となりうるのであろうか.