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今月の主題●座談会
高血圧のエビデンスをどう診療に生かすか

発言者
植田真一郎氏(琉球大学大学院医学研究科臨床薬理学)=司会
菊池健次郎氏(北海道循環器病院)
中山雅文氏(中山内科・循環器科クリニック)
土橋卓也氏(国立病院機構九州医療センター高血圧内科)


植田 現在,日本の高血圧診療のガイドラインであるJSH2009では,厳格な降圧が推奨されています.とはいえ,「この血圧がいい」という具体的な数値を臨床試験で明確に示すのは容易ではありません.したがって,高血圧専門医が疫学研究や臨床試験などの結果を見ながら,コンセンサスを取り,妥当と思われる目標値を決めているのが実情です.そのようななか,最近では降圧目標に関する臨床試験が少しずつ出てきましたので,まずはそのお話をしていただこうと思います.

■臨床試験から降圧目標値を探る

植田 最近,2型糖尿病合併高血圧患者を対象とした大規模臨床研究であるACCORD BP試験の結果が出ました.糖尿病における血圧管理のエビデンスではこれまでにUKPDS(UK Prospective Diabetes Study)という大規模臨床研究で,厳格な降圧が予後を非常によくするということが初めて報告されています.しかし厳格な降圧といっても,UKPDSの場合は達成血圧が140 mmHg以上であり,現行のガイドラインよりはまだ高いところがあります.

 ここへ出てきたのが今回のACCORD BPプロトコールです.本試験の特徴の1つは,通常治療群で140 mmHg未満,積極的治療群が120 mmHg未満と非常に積極的な降圧を目指した点です.収縮期の達成血圧で見ると,積極的治療群で120 mmHg前後,通常治療群でも130 mmHg台半ばぐらいの降圧を達成しています.

 ところが,これが現実に予後の改善につながったかという点で議論を呼んでいます.一次エンドポイントである非致死性心筋梗塞,非致死性脳卒中,心血管死亡では積極的治療群で12%のリスク減少があったものの,有意差は得られませんでした.脳卒中発症は積極的治療群で有意に減少しましたが,心筋梗塞に関しては差が出なかったというのが,本研究の結果です.また,積極的治療群では若干副作用が多かったという結果も出ています.例えば,使用した薬の都合などもありますが,腎機能の低下や,GFR(糸球体濾過量)およびCcr(クレアチニンクリアランス)ともに積極的治療群のほうが低かったなど,重篤有害事象も積極的治療群に多くみられました.実際の人数ではそれほど多くないのですが,統計学的には有意差がついてしまったのです.そのなかで,「一次エンドポイントには差がない.strokeは明らかに減る.しかし心筋梗塞に関していえば,あまり変わらないのではないか」ということが,この研究の1つのサマリーです.

 1つの研究だけを取り上げて論じることはできませんが,われわれが降圧目標というものを考えていくうえで,この研究はやはり無視するわけにはいかないと思います.ぜひこのあたりのご議論をお願いしたいと思います.菊池先生いかがでしょうか.

菊池 JSH2009や欧米のガイドラインでは,糖尿病合併高血圧における降圧目標は130/80 mmHg未満となっています.しかし,この値は前向き研究のエビデンスによるものではなく,サブ解析やメタ解析など,後付け解析によるものです.そのようななかでこのACCORD BPは,糖尿病合併高血圧における具体的な降圧目標を前向きに検討した初めてのスタディと言えます.

 ですが少し気になる点は,130/80 mmHg未満ではなく120 mmHg未満に設定した根拠が明確でないこと.また,この試験は,厳格血糖管理と通常血糖管理の2群で,血圧管理(ACCORD BP)または脂質管理(ACCORD Lipid)を二重に検討する2×2ファクトリアルデザインで行われています.加えてスタチンや抗血小板薬などが高頻度に使用され,そのため,それぞれのデザインにおけるevent数が事前予測より少なく,検出力が低下したと指摘されています.できれば,達成血圧を130/80 mmHg未満と140 mmHg未満であらためて検討いただくのがよいのではと考えています.

植田 楽観的な解釈としては,心筋梗塞には差はなくても脳卒中は減っていると言えます.そして,やはり脳卒中が多い日本人では,“the lower the better”が通用することを証明したという意見も出ているようですが.

菊池 日本人に当てはめますとそういう見方も可能と思います.一方,この研究では脳卒中発症頻度が心筋梗塞に比べて明らかに少なく,脳卒中における有意差の臨床現場での意義はいかがでしょうか.厳格降圧で脳卒中が有意に低いという点は,これまでの試験と軌を一にしますが.

植田 確かに脳卒中の年間発症率が0.3~0.5%なんですね.だから,そんなに多くはない.

 さきほど検出力という問題が出ましたけれども,やはりリスクの高い症例がLipidの群にいってしまっているので,「血圧の群には,さほど心筋梗塞が発症してないじゃないか」という意見も出てくると思うんです.

中山 われわれもJPAD研究という,2型糖尿病患者におけるアスピリンの心血管イベント一次予防効果を検討する臨床研究を行いましたが,そのときもACCORD BPと同様に,予想されたeventよりもずっと少なかったのです.また,JPAD研究のメタ解析の結果でも,やはり血圧コントロール群では脳卒中発症数が少なかったという結果が出ています.ですから,そういう意味では脳卒中に関しては,やはり日本人でも血圧を下げたほうがいいという印象はあります.

植田 中山先生,ご専門の冠動脈疾患ではいかがでしょうか?

中山 一般的に,糖尿病患者ではカリウムが高くなりやすいため,使用できる薬が制限されます.それで結果的にeventも増えてしまう傾向があるのかもしれません.

植田 それは,一般医のあいだでということですね.

中山 そうです.そういうなかで,今回のACCORD BPはカリウムが若干低くなっている.交感神経系が上がるとカリウムが下がる傾向にありますので,交感神経系の関与が考えられるのではないかと思います.もしもCa拮抗薬をより多く使って血圧がコントロールされれば,こういう結果になることも考え得るのかなと思います.

菊池 確かにこの試験では,日本の日常診療の実情とは違いますね.日本で多用されるCa拮抗薬が最初のほうにあまり入っていません.

植田 基本的に利尿薬ベースなんですね.これについて,土橋先生,何かコメントはございますか.

土橋 積極的降圧群が平均3.4剤使用していたということは,やはり利尿薬→ACE阻害薬/ARB→β遮断薬→Ca拮抗薬といった感じで入っていたために,いま中山先生がおっしゃったように低カリウム血症や高カリウム血症が生じやすくなっている気がします.

 カリウムが動きやすい群とか,当然血圧の下がりやすい群があったということが,重篤有害事象の根拠になっていると思うんです.確かに脳卒中が減っているというのは日本人にとって非常にいいことで,糖尿病ではできるだけ血圧を低くするべきだということはHOT研究でも強く指摘されていました.ただ,私がこれで気になったのは,拡張期血圧がどうなのかという点なんですね.

 例えば,CASE-J試験にしてもONTARGET試験にしても,到達血圧レベルと冠動脈イベントの評価をする際には,収縮期よりもむしろ拡張期のほうが影響が大きいのではないかと思っています.私どもも,高齢者の血圧の管理状況を見ていますと,拡張期はむしろ低い収縮期高血圧ばかり見ているようなかたちになります.それをもって,例えば120 mmHgを目指せと言われると,拡張期血圧はどうなんだろう? という疑問が湧いてきます.strokeは減らせても,全体としてあまり変わりないという話になると,収縮期だけでゴールを決めるところに少し問題があるのではないか,と私は思ってしまいます.

植田 菊池先生,最近のいろいろなガイドラインでは,いつの間にか,収縮期血圧が主体になっていますね.

菊池 そうですね.若い人の場合には,心血管病発症のリスクとして拡張期血圧の役割が認められますが,高齢者では収縮期血圧の寄与のほうが大きい.また,糖尿病合併の場合でも,やはり収縮期が重要とされています.確かに冠動脈疾患におけるJカーブ現象(実証はされていませんが)を念頭に入れますと拡張期血圧も考える必要があると思いますが,これまでは拡張期血圧での前向き研究はHOT研究のみで,少なくとも125/75 mmHgまではJカーブは認められておりません.

 血圧については後ろ向きの検討ですがCOURAGE研究の成績では,冠動脈疾患をもっている患者さんで70 mmHgぐらいまで拡張期血圧を下げています.

植田 そうですね.

菊池 これでも有害事象の発生は指摘されていませんので,最近の流れからでは,収縮期血圧でもよいのかなと思います.冠動脈の血管内超音波検査(IVUS)を用いた研究で,収縮期血圧を120 mmHg未満に下げるとplaqueが退縮するという成績が示されています.

植田 中山先生,冠動脈疾患の血圧のコントロールについてですが,先ほど菊池先生の言われたCOURAGE研究は,内容を見てみますと,実験的と言うか,かなり無理して120/70 mmHgまで下げていますよね.それでもいわゆるinterventionとあまり変わらなかったと.ただ,これは血圧そのものをランダム化したわけではない研究で,いままでに冠動脈疾患のアウトカムを見たPREVENT試験やCAMELOT試験も,いわゆるhard endpointに関してはあまりはっきりしませんでした.

 ACTION試験というアダラートの研究では131 mmHgまで下がりましたが,これは実は心筋梗塞の数があまり変わらなかったということで,Ca拮抗薬を使って血圧を下げても,eventに影響があるのかどうか疑問が出てきています.ただ,ACTIONの場合は心不全が減ったり,脳卒中が減ったりしていますから,それなりのアウトカムの改善はあったという結論になっています.このあたりはいかがですか.冠動脈疾患の方に直接降圧薬で介入したときに,ACE阻害薬以外で心筋梗塞が減ったとか,あるいはβ遮断薬で,二次予防で死亡率を下げたとかいうものはありますが,いまの他の薬剤では,さほどないですよね.

中山 そうですね.われわれは冠攣縮性狭心症について研究しております.日本人の冠動脈疾患の6割強の方々は,冠攣縮が関与している.冠攣縮の患者だけを見れば,Ca拮抗薬をOnにするか,Offにするかで予後は大きく変わっていきます.そういう意味では,やはり日本人の冠動脈疾患においては,Ca拮抗薬というのが必要な方はおられるのだというスタンスはもっています.

(つづきは本誌をご覧ください)


植田真一郎氏=司会
1985年横浜市立大学医学部卒業.同附属病院,市中病院での研修後,1991~96年英国グラスゴー大学内科薬物療法学クリニカルフェロー.1996年より横浜市立大学医学部第二内科.2001年より現職.

菊池健次郎氏
1967年札幌医科大学卒業.同第二内科助手,講師,助教授を経て,1992年8月より旭川医科大学内科学第一講座教授.同副病院長などを歴任し,現在北海道循環器病院常務理事.旭川医科大学名誉教授,JSH2009作成委員会副委員長を兼務.第17回日本マグネシウム学会(1997年),第37回日本循環器予防学会・日循協総会(2001年),第33回日本腎臓学会東部学術大会(2003年),第28回日本高血圧学会(2004年)の学会会長を歴任.

中山雅文氏
1991年愛媛大学医学部卒業,熊本大学循環器内科入局.1996年京都大学第二内科へ国内留学.2001年熊本大学大学院卒業,2002年より熊本大学循環器内科・助手.2005年オスロ大学へ短期留学.2009年より熊本県天草市にクリニックを開設する.現在,熊本大学医学部臨床教授を兼任している.

土橋卓也氏
1980年九州大学医学部卒業後,同第2内科に入局.1990年より米国クリーブランドクリニックでリサーチフェローとして中枢性血圧調節に関する研究に従事.帰国後,九州大学医学部附属病院総合診療部,助手,講師,助教授を経て,2003年より九州医療センター高血圧内科医長,九州大学医学部臨床教授.2005年より九州医療センター臨床教育部長を兼務.