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今月の主題●座談会

神経内科診察は難しい?

発言者●発言順
河合真氏(トヨタ記念病院統合診療科)=司会
岩田充永氏(名古屋掖済会病院救急科)
野口善令氏(名古屋第二赤十字病院総合内科)
兼本浩祐氏(愛知医科大学精神科)


身体所見をとるうえで避けて通れない神経診察.しかし,この神経内科のArt of Medicineともいうべき重要な知的作業である神経診察が,膨大かつ難解であるように感じられるため,苦手意識を抱く若手医師は少なくないと言われる.

そこで本座談会では,なぜ神経内科診察を難しいと感じるのか,外来診療や救急診療に即した神経診察とはどのようなものか,どのように臨床で神経診察を教えていけばよいかについて,ご議論いただいた.

局在診断を考えながら行う神経診察は,内科診療における醍醐味の一つであり,たとえ画像診断能が向上しても省けるものではない.


河合 神経所見のとり方は,問診も含めて,それ自体が局所診断をつけていくプロセスであり,Artです.神経内科の最もおもしろいところなのですが,同時にそれが内科全体では最も敬遠されているような印象をずっと抱いてきました.

まずは,みなさまがどのように神経診察法を学んだかを教えていただければありがたいです.

■神経診察の学習方法は体系化されていない?

岩田 私はER型の救命センターに勤務しておりまして,歩いてこられる方から救急車でこられる方までの外来診療を研修医と一緒に行っています.神経疾患の比率としては脳血管障害,つまり画像で“答え合わせ”ができる疾患に非常に多く遭遇します.時間があるかぎり自分で診察して,病歴をとって,「この部位に病変があるのかな」と考えてから画像を撮り,神経内科医を呼んだときに,自分が行った診察と彼らがとりたい所見とがどう違うのかを見ながら勉強してきたつもりです.ただ,神経内科の先生によっても所見のとり方が違うので,なかなか難しいなと感じています.

河合 学生や研修医のときに,どの程度,神経所見のとり方を教えられましたか.

岩田 そんなに手取り足取り教えていただいたわけではありませんが,名古屋大学の伴信太郎先生が『家庭医療学ハンドブック』(中外医学社)に「ロジカルに考える身体診察法のエッセンシャルミニマム」として,神経所見に関して,脳神経系,小脳,「立方体が描ける」などエッセンシャルな神経所見を示してくださいました.せめてその所見だけはとれるようになろうと勉強してきました.

河合 野口先生は,いかがでしょう.

野口 私は週の半分くらい一般内科の初診外来を研修医と一緒に行っていて,あとの半分くらいは救急外来で急性期の患者さんを診ていますので,立場としては岩田先生と同じような感じです.

私はほとんど独学で神経診察法を学びました.1982(昭和57)年の卒業なので,当時はほとんどがストレート研修で大学の医局に入りましたが,医局に神経内科がなければ,神経内科の診察方法を教えてくれる人がいません.本を読んだり,見よう見まねで覚えたというコンプレックスがあります.

現在は絶版になっている本ですが,1987年にメディカルサイエンスインターナショナルから『神経診断学入門――ケース・スタディによる自己学習』という,神経経路を2つ以上組み合わせて病変の局在診断の練習をするワークブック形式のテキストが出版されました.それを見たときに,局在診断をつけることによって鑑別を狭めて診断に至るという神経内科独特の考え方がほかの分野の診断とはちょっと違っていて,おもしろいなと思った覚えがあります.

河合 先生はご留学経験がおありですが,神経内科のことで何か印象に残っていますか.

野口 米国では,神経所見のとり方は学生時代に修めている前提なので,レジデントにはあまり体系的に教えてもらえる機会はありませんでした.ただ,ERの診察時や入院時などに誰もが行う「これだけやっておけばいい」という神経診察の基本的なセットみたいなものがありました.そこで疑問があれば神経内科にコンサルトすればよいわけです.そのセットになっている神経所見を一通りとれるようにするのは,勉強になりました.もっとも,上級医になると神経疾患が疑われない限り神経所見をとらなくなるのは日本と同じですが.

兼本 私は精神科へ行く前に,京大で1年間,神経内科で,亀山正邦先生,秋口一郎先生に教えてもらいました.それからドイツに2年間行き,てんかんの専門家であるディーター・ヤンツ(D. Janz)先生の下では,神経内科病棟で神経診察を行いました.

河合 私も亀山先生とは住友病院でご一緒しました.“亀山式”といいますか,まったく同じことを毎回なさるので,真似しやすい.それも1つの神経内科の教え方だなと思いました.

兼本 最初に習うときは,いろいろ多様だと難しいですね.それから京大では神経心理も教わりました.

河合 神経心理のtest battery(検査のセット)は,本気でやろうと思えば1人の患者さんごとに3時間くらいかかりますね.

兼本 それでは臨床に使えないので,およそ5~10分でざっと診るという感じのセットを毎回使います.違ったものをいろいろ工夫して使うのも大事だけれど,基本的なツールは同じほうが,少なくとも学習するほうはやりやすいですね.

河合 たしかに,教え方の上手な先生はそうですね.

ところで,研修医の神経所見のとり方,質は,どのくらい信用できるものですか.

野口 出身大学や研修病院によって,質はバラバラでしょうね.

岩田 大学の教育が反映されると思うのですが.

兼本 質は学部の教育で非常に差がある,バラつきがあると思います.

河合 日本では,ある大学では,ある疾患に対してこの情報をとれという決まりがあって,「それが常識でしょう」と言われたりするのですが,他大学の方法はそうではないという状況があります.

岩田 米国では神経所見の重み付けがある程度なされていますか.

河合 それは標準化されていまして,神経専門医の資格をとるための神経診察の仕方のスタンダードが,ある程度決まっています.どの大学を出たからといって,あまり違いません.

野口 日本でも,OSCE(Objective Structured Clinical Examination,客観的臨床能力試験)が導入されてから,身体所見のとり方が標準化され質が向上してきているような印象があります.

河合 OSCE自体には賛否両論ありますけれども,たしかに所見のとり方には貢献しているのかもしれません.検査所見に関しては,最初は形から入るので…….

野口 欲を言うと形に加えて,もう1つ,解釈がほしいですね.所見が正常だったら,または,異常だったらどう考えるのか.現在のOSCEは,所見の解釈が伴わず,まるで素振りの型だけ教えているようなところがあります.その結果,神経所見に限らず,異常所見と疾患の関係を1対1で捉えてしまっている医学生,研修医はかなり多いと思います.例えば,ラ音が聴こえれば肺炎で,逆に肺炎ならばラ音が必ず聴取されるはずだと.正常,異常の意味の理解不足が身体診察へのモチベーションを下げている面があるのではないでしょうか.

(つづきは本誌をご覧ください)


河合真氏
1997年京都大学医学部卒業.同年より京都大学医学部附属病院.1998年より住友病院神経内科研修医.2000年から米国セントルークス・ルーズベルト病院内科レジデント.2002年から米国ベイラー医科大学神経内科レジデント(2004年7月~2005年6月チーフレジデント兼任).2005年ベイラー医科大学神経生理学科フェロー.2006年トヨタ記念病院統合診療科医長.専門分野は神経内科,神経生理学,てんかん,睡眠医学,研修医教育.

岩田充永氏
1998年名古屋市立大学卒業.名古屋市立大学病院,名古屋大学病院,協立総合病院で研修後,重症度,疾病,外傷を問わず受診するER型救命救急センターで初期診療を担当するER型救急医として勤務.日本救急医学会救急科専門医,日本内科学会総合内科専門医.

野口善令氏
1982年名古屋市立大学卒業.1992年渡米し,ベス・イスラエルメディカルセンター(ニューヨーク)で臨床研修を受け,米国内科専門医資格を取得.タフツ・ニューイングランドメディカルセンターで臨床決断分析,ハーバード大学公衆衛生大学院で臨床疫学,EBMを学ぶ.帰国後,京大総合診療部などを経て,現職は名古屋第二赤十字病院救急・総合内科部長.卒後教育に従事し,診断の考え方のプロセスを研修医にわかりやすく教えることに情熱をそそいでいる.

兼本浩祐氏
1986年ベルリン自由大学神経科外人助手,1992年 6月国立療養所宇多野病院精神神経科医長,2001年より愛知医科大学精神医学講座教授.日本失語症学会・日本神経心理学会評議員,日本てんかん学会・日本医学史学会理事,Epilepsy & Behavior editorial board, ILAE commission member(psychiatric aspect), Editor in Chief of Epilepsy & Seizure.