今月の主題●鼎談

プライマリケアにおける血液疾患の診療

発言者●発言順
奈良信雄氏(東京医科歯科大学医歯学教育システム研究センター/大学院医歯学総合研究科臨床検査医学分野)=司会
吉永治彦氏(医療法人 社団永仁会 吉永医院)
長田薫氏(武蔵野赤十字病院総合診療科)


「血液疾患の診療は苦手」という内科医が多いが,common diseaseである鉄欠乏性貧血や,頻度は高くないにしても早期診断・専門医への紹介を要する疾患など,内科医が血液疾患の診断・治療を行う機会は少なくない.そこで大学病院,市中病院,診療所の血液専門の医師に,診断のポイント,血液疾患を診た場合の対応,専門施設で治療後のフォローなど,経験例を交えながらお話しいただいた.


奈良 本日は,お忙しいなかをお集まりいただき,ありがとうございます.長田先生は武蔵野赤十字病院で血液内科を担当された後,現在は総合診療科の部長としてご活躍です.今日は,総合診療科としての立場から血液疾患患者の対応についてお話しいただきたいと思います.また,吉永先生は横浜赤十字病院・都立駒込病院・東京医科歯科大学医学部附属病院を経て,現在開業されて8年目になります.プライマリケアで多くの血液疾患を診ている経験を踏まえてお話しいただければと思います.

■一般病院の外来や開業医で血液疾患に遭遇した例

奈良 最初に,一般内科医として血液疾患に遭遇した症例について,吉永先生からお話しいただきましょうか.血液疾患は内科に属していますが,頻度は比較的少ないと言われています.しかし,実は稀ではなくて,鉄欠乏性貧血は女性の1~2割にみられるなど,ある意味でcommon diseaseといえます.また,腎疾患,肝疾患,膠原病などに伴う貧血は決して稀ではないと思いますが,いかがでしょうか.

吉永 当医院は,プライマリケアとして何でも診ていますが,やはり圧倒的に多いのは鉄欠乏性貧血です.若い女性で初発の方もいますが,以前から指摘されている方もいます.以前から指摘されている方は,治療を受けて鉄剤を飲んだが再燃した,あるいはよくなっていない段階で治療をやめてしまったというような例があります.

奈良 不十分な治療が多いですね.吉永先生は,1日に何人くらいの患者さんを診て,そのうち何人くらいの方が血液疾患でしょうか.

吉永 平均して90人ほどで,そのうちの数人です.

奈良 長田先生,総合診療科にはどのくらい血液疾患の方が来られますか.

長田 当院は基幹病院なので紹介が原則ですが,「コンビニ医療」とも言われる昨今の医療事情から,紹介状なしで直接来られる方もいます.吉永先生と同じように,圧倒的に多いのは鉄欠乏性貧血です.それ以外には,消化管出血──消化器病による出血も結構多いですね.また,地域の先生方から,貧血に限らず,白血球減少や血小板減少で紹介されてきます.

奈良 プライマリケアでは鉄欠乏性貧血が多いようですが,吉永先生,ほかにはどんな症例がありますか.

吉永 慢性炎症や悪性腫瘍に伴う二次性の貧血があります.困ったことに,慢性炎症に伴う貧血に対し,すでに鉄剤が投与されているケースがあるのです.つまり,慢性炎症では血清鉄が下がってはいますがフェリチンはものすごく高く,鉄剤の適応がないのに投与されているのです.

奈良 そういった方は,高齢者に多いですか.

吉永 そうですね.その場合は「原疾患は何であるのか」という検索が必要になりますが,原疾患を調べるとなると,診療所ではできる範囲が限られてしまいます.

奈良 吉永先生が経験されたなかで,ヘモグロビンの最低値はどのくらいでしたか.

吉永 74歳の女性で3.8g/dlです.そのときの検査データは表1の通りです.

表1 検査所見(鉄欠乏性貧血,74歳の女性)
血液所見:WBC5,000/μl,RBC190×104/μl,Hb 3.8 g/dl,Ht 12.9%,MCV67.9fl,MCH20.0,MCHC 29.5,Plt 19.3×104/μl.
血清生化学所見:TP6.8g/dl,BUN22.0mg/dl,Cr 0.7mg/dl,UA5.0mg/dl,T-Cho 101mg/dl,TG 55mg/dl,AST10IU/l,ALT23IU/l,ALP169IU/l, γ-GTP10IU/l,Fe11μg/dl[50~170],TIBC 506 μg/dl[250~460],フェリチン5ng/ml 未満[5~ 157].

 MCV(平均赤血球容積)が67.9flで,鉄欠乏性貧血でした.原因は痔からの出血と偏食でした.おそらく,出血も偏食もいまに始まったものではなく,ずっと前からのものですから自覚症状に乏しかったのでしょう.もちろん,息切れや労作時の呼吸困難はありますが,それなりに生活してきているのです.「ずっと前から息切れがして,苦しい」とのことで来院しました.

奈良 スプーン状爪(図1)とか,ありました?

吉永 はい,ありました.爪を見ただけで,「普通じゃないな」というのがわかりました.

奈良 長田先生のところは,どうですか.

長田 33歳の男性で1.8g/dlの重症貧血患者がいました.そのときの検査データを表2に示します.

 痔からの出血によりずっと貧血でしたが,恥ずかしくて病院にも薬局にも行けずに放置していましたが,いよいよ息切れがひどくなって来院し,消化器内科に入院しました.来院時,救急当番医に顔色を「死相がでている」と言われたほどです.日本人は黄色人種のためか,白いのではなくて緑っぽいんですよね.

奈良 そうそう.昔は萎黄病(いおうびょう)といったものですが,蒼白というより黄色っぽく見えますね.

長田 鉄剤を開始したら急速に改善しました.あとは,貧血で息が苦しくなり循環器科に紹介される高齢者も結構多いですね.

表2 検査所見(重症貧血,33歳の男性)
03/10/14
血液所見:WBC8,600/μl,RBC104×104/μl,Hb1.8g/dl,Ht 6.2%,MCV59.6fl,Ret 14‰,Plt 62×104/μl.
血清生化学所見:LDH148IU/l,AST11IU/l,ALT8IU/l,T-Bil0.4mg/dl,D -Bil0.2mg/dl,Fe7μg/dl,フェリチン3.0mg/dl,BUN12.5mg/dl,Cr0.8mg/dl,(TIBCは未測定).
03/10/27
血液所見:WBC 5,700/μl,RBC 308×104/μl,Hb 7.2g/dl,Ht 24.3%,MCV78.9fl,Plt 57.6×104/μl.
血清生化学所見:LDH145IU/l,AST12IU/l,ALT11IU/l,T-Bil0.4mg/dl,BUN 13.4mg/dl,Cr0.7mg/dl.
03/12/26
血液所見:WBC 8,400/μl,RBC 503×104/μl,Hb 14.6g/dl,Ht 44.4%,MCV88.3fl,Plt 36.5×104/μl.

奈良 私が知っている例でも「動悸がして,息切れがする」からと言ったところ,いきなり負荷心電図をとられた人が……(笑).血液内科の立場からは「ちょっと待ってくれ」って思いますね(笑).

長田 よくありますね.

奈良 貧血以外ではどうですか.

吉永 リンパ節腫脹が多いです.以前勤務していた病院では血液内科の外来を担当しておりましたのでリンパ腫が多かったのですが,開業してから診療所で経験するのは感染性リンパ節炎がほとんどですね.

奈良 リンパ節結核はありますか.

吉永 私のところではまだ診ていません.

奈良 私はこの3年間で2例経験しています.意外かもしれませんが,忘れてはいけないですね.長田先生はいかがですか.

長田 鉄欠乏性貧血以外では,高齢社会を反映してか,MDS(骨髄異形成症候群)が多いですね.高齢者の場合で大球性貧血ですと,MDSが圧倒的で,稀に甲状腺機能低下症があります.

 また,白血球減少で紹介される場合や,大球性貧血があってLDH(乳酸脱水素酵素)とビリルビンが上がり,「消化器疾患かもしれないし,貧血もあるので血液疾患かもしれない」ということで総合診療科に紹介される場合がよくあります.これは実際にはビタミンB12欠乏症だったりします.

 それから,血球減少症以外ではリンパ節腫脹も結構あります.大多数はウイルス性リンパ節炎で,伝染性単核球症もしばしばみます.

奈良 長田先生のところは総合病院ですので,ほかの診療科,例えば腎臓内科,外科や婦人科などから血液疾患の疑いで紹介されるのでしょうね.

長田 結構多いですね.血液内科には当然,高度な血球減少など重症例が紹介されてきますが,基準値を少し外れた例や他臓器にも異常がある場合には総合診療科で診ています.

奈良 吉永先生,白血病(leukemia)のご経験はありますか.

吉永 フレッシュな白血病は,開業してからはないですね.

長田 私は,発熱で来院した元気そうな青年に,「紹介状なしでいきなり来ちゃ困るよ」なんて説教をした後で,「紹介状を持ってきてよ」なんて言いながら血液検査をしたところ,白血病で,「ごめん,ごめん」と謝ったことがあります(笑).

奈良 冷や汗が出ますね(笑).

 血液疾患は内科疾患に属しますが,ベテランの内科医でも,「血液疾患だけは苦手だ」という方がいますね.なぜかというと,肝臓病にせよ腎臓病にせよ,比較的慢性の経過をたどることが多いのですが,血液疾患の場合は,うっかりすると白血病から敗血症を起こしてすぐに亡くなったり,出血傾向など,すぐに診断して治療しないと大変なことになる場合があるためかと思います.ただ,ほかの内科系疾患と同じように,きちんと診断して処置すれば,いまはかなり治療成績がよくなっていますが…….

(つづきは本誌をご覧ください)


奈良信雄氏
1975年東京医科歯科大学卒.同大学第一内科,放射線医学総合研究所,カナダ国オンタリオ癌研究所などを経て,1994年東京医科歯科大学医学部教授,1999年同大学院教授(臨床検査医学分野),2002年全国共同利用施設 医歯学教育システム研究センター教授を併任.専門は白血病幹細胞の増殖機構の解明,医学教育開発.『内科診断学』(医学書院)など,医学教育関連の著書多数.

吉永治彦氏
1991年金沢大学卒.東京医科歯科大学第1内科入局,プラスミンインヒビターの遺伝子異常に関する研究にて学位取得後,2000年地元にて開業.在宅療養支援診療所として在宅医療に力を入れる一方,産業医活動,死体検案業務にも従事.電子カルテの開発も行っている.東京医科歯科大学保健管理センター非常勤講師,静岡市清水医師会理事.

長田薫氏
1983年旭川医科大学卒.東京医科歯科大学にて奈良教授の下で血液学専攻.20年間の血液内科診療後,2007年に武蔵野赤十字病院総合診療科を開設.臨床研修部長も兼任し,腎臓・呼吸器・消化器・感染症の5名の指導医とともに,内科系後期研修医・初期臨床研修医に一般内科診療や一次・二次救急診療を指導している.