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今月の主題●座談会

複合疾患-問題解決への戦略と基本軸

発言者●発言順
福原 俊一氏(京都大学大学院医療疫学)=司会
山田 信博氏(筑波大学大学院内分泌代謝糖尿病内科)
上野 文昭氏(大船中央病院)
岡田 正人氏(聖路加国際病院アレルギー・膠原病科)


 高齢社会に突入した昨今,一人の患者が複数の疾患あるいは問題をもつことが多く,それらの問題が複雑に絡み合っていることも稀ではない.

 本座談会では,「複数の問題をどう考え,どう解決していくか」について,具体的な事例を挙げながら,医師個人レベルおよび医師を取り巻く制度上の問題点を明らかにし,それぞれの解決法について,各領域でご活躍する先生方にご示唆いただいた.


福原 本日の座談会のテーマは「複合疾患――問題解決への戦略と基本軸」です.これは,ご出席の山田先生から1年ほど前にいただいた宿題ともいえるテーマです.

 慢性疾患・高齢患者の時代にあって,ほとんどの患者が複数の疾患あるいはproblemsをもって受診しています.すべてのproblemsを解決できればいいのですが,実際には容易ではありません.では,どのように優先順位をつけて治療すればよいか.その判断は,臨床疫学的なリスク評価に基づいた考え方や,患者の価値観やライフスタイルを考慮しながら,現実的には「治療戦略のポートフォリオ」をつくる必要があると思います.

 山田先生,補足をお願いします.

山田 私自身が診ている糖尿病の患者の多くは,高齢化するなかで,高脂血症,高血圧,ときには悪性腫瘍など,いろいろな疾病をもっています.“一人の患者が複数の問題をもっているときに,われわれは,ほんとうに十分に医療の質を高く保つことができているのかどうか”と,私はいつも不安に思っています.そこで,福原先生に「multiple problemsに対する診療の質を検証するシステムがあるといいなぁ」と話したのがきっかけです.

 “複数の問題をどのように解決していくか”について,われわれ内科医としていちばん考えなければいけないのは,最小限の患者への負荷で最大限の効果を上げる方法です.治療の取捨選択は大変難しい,まさに医者の腕のみせどころだと思います.

■Multiple problems-具体的な事例

福原 このような背景にたって,まずは各先生の専門領域における実際の診療から,具体的な事例をお伺いしたいと思います.

上野 消化器領域でのmultiple problemsでいちばん悩むのは,消化器の侵襲的な検査を行う際に併存疾患がある場合です.具体的には,予防もしくは治療で抗凝固薬を使っている症例で,内視鏡下で生検や腫瘍切除などをできるかどうかです.ひと昔前までは,消化器内科医の判断で抗凝固薬を勝手にやめることが多かったようですね.「そんなものを飲んでいたら,治療にならない」,「目の前にある消化器疾患の治療をするためには,そんなものはどうでもいい」と.

 ところが,最近は抗凝固薬の有用性のエビデンスが集積していますので,勝手にやめるわけにはいきません.特に,他科との連携や病診連携ができていない場合にはとても困ります.

 この問題に関して,米国の消化器内視鏡学会からガイドライン(『The management of anticoagulants and anti‐inflammatory medications in patients undergoing endoscopic procedures』)が出ました.日本でもそれを参考にしながら方針を決めているようですが,そのガイドラインはコンセンサスのみによるもので,何ら明確なエビデンスはありません.

岡田 アレルギー・膠原病の領域ではステロイドを多用しますが,糖尿病や境界型の方に使うと悪化し,多くの症例でインスリンが必要になります.「ステロイド性糖尿病の患者が多いのなら,アレルギー・膠原病の専門医がインスリンを調整し処方すればいい」と言われるかもしれませんが,専門医は多くないですから,自分たちでインスリン注射も指導し膠原病やアレルギーの治療もするとなると,診ることができる患者の数が少なくなってしまいます.

山田 内分泌・代謝領域では,メタボリックシンドロームの治療が挙げられます.高血圧,高脂血症,糖尿病のいずれも,病態のなかで“インスリン抵抗性の改善”がいわれますが,「インスリン抵抗性を改善することで,どれだけのメリットがあるか」はまだわかっていません.したがって,「これはインスリン抵抗性を改善するからいい」という製薬会社の言うとおり,どんどん薬を重ねていくことがよいのかどうか.そのような治療の重複に対して,われわれはどこまで最適な医療を行うことができるか.このことは,多くの先生方が感じているのではないでしょうか.

 例えば,生活習慣病患者で,心房細動が起こった際,βブロッカーを使います.βブロッカーは血圧低下効果があり,ほかの薬が減っていくこともありますね.では,βブロッカーによるインスリン抵抗性はどうなっていくかはまだ問題なのです.

福原 これまでのご発言から,①単一疾患の治療エビデンスはあるが,複数疾患の治療についてのエビデンスがない,②“一方を立てれば他方が立たない”――例えば,抗血小板療法を立てると消化管が傷害される,膠原病でステロイドを投与すれば糖尿病が悪化するという利害が相反する場合がある,③検査・治療の重複,などが主な問題であることがわかってきました.

(つづきは本誌をご覧ください)


福原 俊一氏
1979年北大卒.横須賀米海軍病院インターン,カリフォルニア大サンフランシスコ校内科レジデント,国立病院東京医療センター循環器科・総合診療科を経て,1991年ハーバード大臨床疫学部門客員研究員,1992年同大学院修士課程卒.同年東大講師,2000年京大大学院教授,東京大学医学教育国際協力研究センター教授を併任,現在に至る.米国内科専門医.

山田 信博氏
1976年東大卒.1983~86年カリフォルニア大サンフランシスコ校心血管研究所,1995年東大第3内科助教授,1999年筑波大学内分泌代謝・糖尿病内科教授,2007年より筑波大学理事,附属病院長,日本動脈硬化学会理事など.専門は高脂血症,糖尿病とその血管合併症.

上野 文昭氏
1973年慶大卒.Tulane大学にて卒後研修課程を修了し,米国内科専門医資格取得.現在,大船中央病院特別顧問,東海大学内科非常勤教授.近年は次第に消化器領域における特定の専門分野に特化した診療・研究に専心していたが,米国内科学会(ACP)の並外れて優秀なgeneralistたちと接するうちに,general internal medicineの重要性を再認識する.今回のテーマは広くて深い知識を持つべき内科医としての価値を評価される場であり,自身の勉強のつもりで臨んだ.

岡田 正人氏
ニューヨークにて内科研修後,エール大学病院にて膠原病関節炎内科とアレルギー臨床免疫科で臨床研修.その後,2006年までパリにあるコーネル大学の関連病院にてセクションチーフとして診療と教育に従事.米国リウマチ学会Senior Rheumatology Scientist Award,Merkey's Physician Scientist Awardを受賞.著書:『レジデントのためのアレルギー診療マニュアル』(医学書院)など.米国内科専門医,米国リウマチ膠原病専門医,米国アレルギー科専門医.