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今月の主題●座談会

消化器薬物治療とEBM
何が変わったか,これからどう変わるか

発言者●発言順

上野 文昭氏(大船中央病院)=司会
小林 健二氏(東京ミッドタウンクリニック)
柴田 実氏(柴田内科・消化器科クリニック)
野口 善令氏(名古屋第二赤十字病院総合内科)


 経験によるところが大きい消化器診療.しかし,多くの疾患で病態生理が明らかになり,また治療に関する国内外のエビデンスが集積されてきた.有用なエビデンスとは何か? EBMとは何か? 日常診療での使い方は? 本座談会では,消化器薬物治療に焦点を絞り,EBMにより変わったこと,変わりうることについて,臨床の第一線で活躍されている先生方にお話しいただいた.


上野 お忙しいなかをお集まりいただき,ありがとうございます.今日は,「消化器薬物治療とEBM」をテーマに,先生方のお話を伺いたいと思います.

 消化器領域の薬物治療には昔からの経験主義が根づいていて,従来から行われている治療が,なかなか変わらないように見受けられます.もちろん古いからだめとか,経験を否定するということではなくて,よいエビデンスが集積したなら,変えるべきところは変えなければならないと考えるわけです.現在,ようやく浸透してきたEBMが,消化器の薬物治療にどのようなインパクトを与え,現状がどう変わってきているか,またこれからどう変わるかということについて,ご意見を伺いたいと思います.

■わが国の消化器薬物治療の現状と問題点

上野 最初に,日本における消化器薬物治療の現状ということで,2~3の例を挙げて討論してみたいと思います.

1. 消化性潰瘍

上野 内科医が日常よく診る消化器疾患として,胃潰瘍,十二指腸潰瘍があります.消化性潰瘍の薬物治療は,日本でもだいぶ変わってきたように思いますが,小林先生は,これをどのように捉えていらっしゃいますか.

小林 私の経験からいいますと,以前からHブロッカーがかなり主流で,多くの粘膜保護薬が日本にはありますけれども,それらを併用することが多いですね.

 「EBMに基づく胃潰瘍診療ガイドライン」が出る少し前に,私はアメリカの臨床を経験したのですが,アメリカの潰瘍治療は非常にシンプルで,PPI(proton pump inhibitor;プロトンポンプ阻害薬)が最初に選ばれることが多いのと,ヘリコバクターピロリ(Helicobacter Pylori)を必ずチェックして除菌を行っていました.日本でも,ガイドラインが普及して,保険診療で認められたために,H. pyloriの除菌は積極的に行われるようになっています.しかし私が外来で診ていて,他院で潰瘍の治療をされた方のお話を聞くと,H. pyloriのチェックがされていないとか,除菌がされていないことがときどき見受けられます.潰瘍の2大原因の一つであるH. pyloriが,まだ,十分チェックされていない状況にあると思います.

上野 柴田先生は,H. pyloriが注目を浴びる以前の消化性潰瘍の治療をご存じだと思いますが,日本での一般的な治療法は,どのようなものでしたか.

柴田 私が医師になった頃はいわゆるタガメット®などのHブロッカーと粘膜保護薬の2種類を必ず出していました.

上野 先生も出されました?

柴田 はい.延々と…….オーベンが出していたから,私も出していたということでして,自分で調べたわけではありません(笑).必ず,防御因子と攻撃因子の2つを長期に飲むという治療でした.

上野 H. pyloriが発見され,その病因的な意味がわかってから,先生の診療自体は,ガラッと変わりましたか.

柴田 ガラッと変わりましたね.

上野 それは,ガイドラインを十分に参考にしたうえで,ということですか.

柴田 そうですね.ガイドラインが出されてからは,H. pylori陽性例は原則として全例除菌をするようにしました.

上野 それは,現在の日本の実地診療の常識といっていいでしょうか.

柴田 必ずしもそうではありません.私は,昨年開業しましたが,開業医の先生のなかには,潰瘍があってH. pyloriがいるのはわかっていても,除菌をしないで延々とPPIを出している方もいます.営業上そうしているのでは……と思いますが(笑),患者を離さないという意味で「まだ,除菌はしなくていいと言われて,ずっと飲んでいるのですが,いいのでしょうか」と相談に来られた人にもいました.実地臨床にはいろいろあるのだなあという印象があります(笑).

 あと,病院の先生でも,潰瘍があるとわかってもすぐに除菌しないで,2カ月ぐらいPPIを出してから除菌される先生がいます.それがいいのかどうかはよくわかりません.私はすぐに除菌しています.

上野 柴田先生の診療は,明らかにいまのガイドラインに基づいているということですね.

柴田 そうしているつもりです.

上野 野口先生,総合内科でも消化性潰瘍を診る機会は多いと思います.特に消化器を専門としない先生のほうが,むしろエビデンスを重視するのではないかと思いますが,H. pylori発見前後で,治療法はどう変わりましたか.

野口 H. pylori発見前に関しては,HブロッカーあるいはPPIをかなり長く使っていました.

上野 単独ですか.

野口 単独です.

上野 防御因子増強薬は使わないで?

野口 使ったり,使わなかったりです.メインは,やはり攻撃因子抑制薬を使っていました.H. pylori発見後は,除菌を比較的早くするようになってきています.消化器内科ではないものですから,逆にしがらみが少なくて,どちらかというとガイドラインに沿ったことをやりやすい立場にあると思います.

上野 海外の文献,もしくは教科書どおりの治療ということですね.むしろ,消化器専門医のほうが,いろいろなしがらみがあって,従来からの治療をしてきたのではないでしょうか.

 小林先生,少し専門的になりますけれども,潰瘍の治りの質が違うという理由で,防御因子増強薬を勧める先生もいます.そういう根拠はあるのですか.

小林 おそらく,動物実験のレベルでしたら,そういうデータがあるのだろうと思います.しかし,実際の患者さんに投与して潰瘍がよくなり,症状がよくなるという大きな違いを臨床面で感じたことはあまりありません.

上野 大きな意味は感じないということですね.

小林 ええ.

上野 そういたしますと,H. pyloriの発見前の日本の治療の特徴としては,酸分泌抑制薬のほかに防御因子増強薬をかなり使っていた,そしてH. pylori発見後,除菌治療が重視されているが,そうでないような診療も見受けられるという現状でよろしいでしょうか.

2. ウイルス肝炎

上野 続きまして,肝疾患の薬物治療のお話を伺います.その代表として,ウイルス肝炎の治療は,どういう変遷を経てきているでしょうか.

柴田 私が医師になった頃は,まだウイルス肝炎の治療薬はあまりありませんでした.C型肝炎そのものが,1989年に見つかった病気で,その前には,それが感染症であることもわかっていない時代があって,いわゆる肝庇護薬を組み合わせるのが主な治療でした.強ミノ(強力ミノファーゲンシー®),ウルソ®,プロヘパール®など…….

上野 肝庇護薬も少し……(笑).

柴田 そう,肝庇護薬も今でも使われますが,ウイルス感染が感染症であることがわかってから,抗ウイルス薬による感染の終焉,ウイルスの排除が治療の主体に切り替わっています.当初は,C型肝炎に対するわが国のインターフェロン治療はインターフェロン単独・24週のみでした.世界の標準的治療と,日本の保険で認可される治療とに非常に隔たりがあり,残念な思いをしていた時期がありました.しかし最近は,ペグインターフェロンとリバビリンによる標準的な治療が保険によってほぼできる状況になっており,世界基準を満たす医療が提供できるようになっております.

 B型肝炎に関しては,経口の核酸アナログ製剤が有効で,世界で行われている標準的治療薬が手に入っています.ただ,バラクルードという薬は新薬のため,今年の9月までは長期処方できないという点はありますけれども,非常に治療しやすくなってきて,昔とは違って治せる時代に入ってきている印象があります.

(つづきは本誌をご覧ください)


上野 文昭氏
1973年慶応義塾大学医学部卒.Tulane大学にて卒後研修を受け,米国内科専門医資格取得.現在,大船中央病院特別顧問,東海大学内科非常勤教授.1985年にSackettの教科書を手にして目から鱗が落ち,臨床疫学関連の会合に積極的に参加した.科学的妥当性を有し,患者側に立った診療の実践と啓発を目指している.

小林 健二氏
1988年信州大学卒.三井記念病院で内科,消化器内科研修後,1992年に渡米.Beth Israel Medical Centerで内科,University Hospitals of Clevelandで消化器内科の研修を受ける.1999年に帰国後,東海大学消化器内科,総合内科を経て,2007年より東京ミッドタウンクリニック外来部長.

柴田 実氏
1984年昭和大学卒.同大学で内科研修後,川崎中央病院(現・川崎社会保険病院)で消化器・肝疾患の診療業務に9年間従事(内科部長).都立荏原病院,昭和大学消化器内科(講師),NTT東日本関東病院消化器内科(主任医長)を経て,2006年9月から都内にクリニックを開院.現在は消化器,肝疾患の診療を行う傍らNTT東日本関東病院非常勤嘱託,昭和大学兼任講師,慈恵医大肝移植外部委員を兼任.

野口 善令氏
1982年名古屋市立大学卒.同大学での内科研修,SLセントラル病院などを経て1992年渡米.Beth Israel Medical Centerで内科研修を受け,米国内科専門医資格を取得.Tufts-New England Medical Centerで臨床決断分析,Harvard School of Public Healthで臨床疫学,EBMを学ぶ.帰国後,京都大学医学部附属病院総合診療部,藤田保健衛生大学一般内科を経て,現在,名古屋第二赤十字病院総合内科部長.<br>救急外来,一般外来,急性期病棟を活動の場として卒後教育に従事.エビデンスを臨床の現場に適用すること,診断の考え方のプロセスを研修医にわかりやすく教えることに情熱をそそいでいる.