今月の主題●座談会

t-PA認可により脳卒中診療はどう変わるか


木村和美氏
川崎医科大学
神経内科脳卒中部門
高木誠氏
東京都済生会中央病院
神経内科
江面正幸氏
東北大学
脳血管内治療科
山脇健盛氏(司会)
名古屋市立大学
神経内科


山脇(司会) 本日はお忙しい中お集まりいただき,ありがとうございます。

 2005年10月,日本でもt-PA(組織型プラスミノーゲンアクチベータ)が脳梗塞急性期の治療薬として認可されました。これによって脳卒中診療がどう変わったか,また今後どう変わっていくか,第一線の先生方にお伺いしたいと思います。

■t-PAの適応

山脇 t-PAは発症3時間以内の脳梗塞が適応となります。用法・用量は0.6mg/kgを静脈内に投与(10%を急速投与,残りは1時間かけて静注)となっています。適切に用いれば予後の改善が期待されますが,副作用として頭蓋内出血の危険が考えられますので,適応症例の判定や投与後のモニタリングなど,さまざまな注意を要します。詳細については,日本脳卒中学会により「rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法適正治療指針」(以下,治療指針)がまとめられています。

 米国のデータによると,t-PAの適応になるのは脳梗塞全体の数%からせいぜい10%程度のようですが,日本ではどのくらいの方が適応になるのでしょうか。

木村 t-PAを使用するためには,診断にかかる時間を考えると,少なくとも発症2時間以内に来ていただく必要があります。当施設の昨年のデータ(図1)を見ると,発症7日以内の脳梗塞233例のうち,発症2時間以内に来られた方が26%です。また,この約1.5カ月で発症2時間以内に来られた患者数は12例で,そのうち実際にt-PAを使用したのは4例です。ゆえに,10%程度は適応になるのではないかと思います。

 t-PAが使用できなかったのは,総頚動脈解離1例,NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)4以下の軽症1例,下肢の出血1例,使用の同意が得られなかったのが1例,MCA(middle cerebral artery:中大脳動脈)領域の広範な虚血性変化が認められたのが1例。2例は症候が急激によくなっていますので使用しませんでした。もう1例は,3時間以内だと思うのですが,発症時間がはっきりしなかった例です。

山脇 米国のデータではすべてのタイプの脳梗塞で有効性が示されているようです。NIHSS4以下の軽症例は除外されていますが,ラクナ梗塞などの軽いものは除外されると考えてよいのでしょうか。

木村 NIHSS4以下は,J-ACT(Japan Alteplase Clinical Trial)でも除外されています。NINDS(National Institute of Neurological Disorders and Stroke)のt-PAスタディの解析を見ると,最も効果があるのはラクナ梗塞で,その次がアテローム血栓性梗塞。心原性脳塞栓症には,あまり効いていないということですので,軽症のラクナ梗塞にも使ってもいいのではないかと思います。

山脇 ただ,NIHSS5以下では,t-PA使用例と非使用例の転帰には差が出ていませんよね。そのあたりが難しいところだと思います。

 また,進行性脳梗塞あるいはBAD(branch atheromatous disease)と呼ばれる病態にもt-PAはある程度有効ではないかと言われていますが,高木先生いかがでしょう。

高木 進行性の脳梗塞,特に穿通枝領域梗塞の中でも進行しやすいと言われているBADは,現在のところあまり有効な治療法がありません。ぜひt-PAを使ってみたいと思うのですが,BADは,最初は非常に症状が軽いことが多いので,3時間以内にBADと診断してt-PAを使うのは,現状では困難かと思います。

 今後もう少しt-PAのtime windowを広げていくことができれば,その中で使うチャンスは出てくると思います。

山脇 MRIを撮れた場合,3スライス以上にわたる穿通枝領域あるいは橋底部の梗塞や,橋の腹側まで達するような梗塞があれば,ある程度軽くても適応になる可能性はありますか。

高木 NIHSS5以上であれば使用してもいいと思いますが,3スライス以上にわたるからといって,症状がほとんどない軽症例に投与するのは問題があると思います。

山脇 今後より多くのデータを集めていく必要がありますね。

 欧米では動脈解離例でも有効だったという症例報告が出ていますが,これについてはいかがでしょう。最初に解離だと診断するのは,なかなか難しいことだと思いますが。

高木 いまの段階では,はっきりしたエビデンスもありませんので,動脈解離が強く疑われる場合など,いわゆる“特殊な原因”による脳梗塞では避けたほうがいいと思います。

山脇 解離が強く疑われるのは,発症時にかなり強い頭痛があるときですね。

高木 そうですね。あとは発症前に何か“マイナー・トラウマ”といわれる誘因がある場合です。

山脇 t-PA使用にあたり最も問題になるのは出血性梗塞,あるいは頭蓋内出血の可能性があることです。江面先生は局所線溶療法でさまざまな経験を積まれていると思いますが,出血についての注意点などはありますか。

江面 t-PA静注にあたっては,適応症例と禁忌症例を厳しくチェックするようになっていますので,適応になった段階で,ある程度出血しやすい症例ははじかれています。問題は「慎重投与例」です。禁忌ではありませんが,出血する可能性もあり,かなり注意する必要があります。

 それから,t-PA静注により出血する場合は,投与後20時間ぐらい経ってから出血することが多いようです。局所線溶療法の場合,出血するとしてももっと早い段階なので,そうした違いにも注意が必要です。

山脇 やはり治療指針に厳しく則ってやることが大事だということですね。

■診療体制をどう整えるか

山脇 次いで,t-PAを使用するための診療体制について伺いたいと思います。特に夜間・休日が問題になりますが,先生方の施設の体制や問題点,また今後の方向性についてお聞かせください。

木村 当施設では,神経内科と脳卒中部門と脳外科から1人,脳卒中に備えた「神経当直」を置いています。内科系医師が当直するときには,3人のon callをつけています。

 現在,脳卒中部門のスタッフは12人,3人の研修医とレジデントを足すと計15人で診療に当たっています。連絡網を作り,発症2時間以内のt-PA適応と思われる患者が来るとわかったときには,脳卒中スタッフは全員集合します。

山脇 非常に恵まれた環境ですね。江面先生のところは,いかがですか。

江面 東北大学はいま脳卒中の救急は受け入れていません。新病棟に救急センターができますので,2006年の秋ぐらいから,少しは受け入れられるようになるかもしれません。

 仙台市は,急性期病院とそれ以外の病院の棲み分けが非常に進んでいます。急性期の患者はほとんど,私が以前勤めていた広南病院で診ておりますが,夜間の対応には全く問題ありません。

山脇 大学病院の場合,非常に恵まれた施設もあれば,まだ体制が整っていないところもありますね。では,脳卒中の第一線で活躍が期待される一般の市中病院,特に基幹病院として,高木先生のところの体制はいかがでしょうか。

高木 24時間の受け入れ体制をつくることが,地域の基幹病院としての条件だと思います。できるだけ努力していますが,いまの段階では夜間・休日でも常に専門医がいるという状況をつくるのは難しく,on call体制にしています。当直帯でも,救急には必ず内科系・外科系の当直医がいますので,救急外来と連携を取って,脳卒中が疑われる患者が来たら,できるだけ早い段階で駆けつけるようになっています。

山脇 他の病院との連携についてはいかがですか。

高木 東京には中小の病院を含めて,二次救急医療機関だけで250以上,三次救急を入れると約300の病院があります。それらがすべて同じような診療をしていたのでは効率が悪いわけですから,CCUネットワークのように,脳卒中もネットワークを作らなければならないと思います。今後重要なのは,消防庁や救急隊も含めたシステムづくりです。

山脇 スタッフの教育についてはいかがでしょうか。たとえば,研修医などでも救急に携わる人は,治療指針を読み,日本脳卒中学会の講習会にも参加してもらいたいですね。

高木 学会主催の講習会も続きますが,医師だけではなく,看護師さん,薬剤師さんも含めて各病院でも独自に教育していただかないといけないと思います。

山脇 t-PA投与後,15分,30分,1時間ごとのチェックを常に医師がするのは難しい施設も多いでしょうね。木村先生のところはできるかもしれませんが。

木村 投与後24時間はチェックが必要です。神経症候を計38回もチェックしなければならないので,今後は看護師さんも一緒にできるようにしようと思っています。

山脇 特に麻痺の程度などは,ぜひ見てほしいですね。

■CTとMRI

1. CT・MRIの稼働状況

山脇 t-PA静注療法の施設基準として,24時間,CTまたはMRIが撮れることが必須条件となっています。おそらくCTはどの施設でも撮れるでしょうが,MRIを緊急で,夜間・休日も撮れる施設となると,まだ少ないと思います。

 私のところでは,CTは撮れますが,MRIは夜間・休日は難しく,平日の緊急MRIは,昼間は対応できますが,すぐにというわけにはいかない場合もしばしばあります。木村先生のところはいかがですか。

木村 24時間MRIが可能です。最初にMRIを撮って,t-PAの適応になるようならCTも撮るという体制です。普通の診療でしたらMRIだけで,CTは撮っていません。

江面 東北大学ではCTは24時間撮れます。MRIは当直が撮れる技師さんであれば可能ですが,昼間は外来のMRIの予約が1カ月半ぐらいの待ちになっていますので,かなり難しいです。

高木 当院もCTは常にできますが,MRIは緊急では難しい状況です。装置がもう1台必要だという問題と,技師さんを含めたマンパワーの問題があります。

山脇 夜間・休日も緊急でMRIが撮れる施設は,まだそれほど多くないようですね。

(つづきは本誌をご覧ください)


木村和美氏
1986年熊本大学医学部卒業,同第一内科入局。88年国立循環器病センター内科脳血管部門レジデント(山口武典グループ)。熊本市立熊本市民病院脳卒中診療科医長,国立循環器病センター内科脳血管部門医長,メルボルン大学神経内科などを経て2004年4月より川崎医科大学神経内科脳卒中部門助教授。専門は神経内科,特に脳血管障害の診断と治療,TIAの臨床,脳神経超音波検査。日本神経学会専門医・評議員,日本脳卒中学会専門医・評議員,日本脳神経超音波学会理事・他。

高木誠氏
1979年慶應義塾大学医学部卒業,東京都済生会中央病院内科研修医。81年同内科専修医(神経内科専攻),84年同内科医員。87年Montefiore Medical Center(New York)神経病理部門留学。帰国後,慶應義塾大学医学部内科客員講師,東京都済生会中央病院内科部長などを経て2004年より同院副院長。専門は神経内科,脳血管障害。日本神経学会専門医・評議員,日本脳卒中学会専門医・評議員,日本内科学会専門医・評議員,日本神経治療学会評議員・他。著書多数。

江面正幸氏
1986年東北大学医学部卒業。同脳神経外科大学院入学。95年米国ベイラー大学神経放射線科,96年フランスビセートル大学神経解剖学留学。96年広南病院血管内脳神経外科。2003年より東北大学神経病態制御学分野(脳血管内治療科)助教授。専門は脳血管内治療全般で特に脳卒中に対する脳血管内治療。日本脳卒中学会専門医・評議員,日本脳神経血管内治療学会指導医・運営医院,日本神経放射線学会評議員,他

山脇健盛氏
1980年慶應義塾大学医学部卒業。水戸赤十字病院神経内科副部長,国立循環器病センター内科脳血管部門医長,清水市立病院神経内科科長などを歴任の後,2003年より名古屋市立大学神経内科助教授。日本内科学会認定医・専門医・指導医,日本神経学会専門医・評議員,日本脳卒中学会専門医・評議員,日本救急医学会専門医。現在,脳卒中診療の卒前・卒後教育に力を注ぐ。