今月の主題●座談会 | ||||||||
なぜ今 GERDか
木下 本日は,日本を代表するGERD(gastro esophageal reflux disease:胃食道逆流症)の研究者3名にお集まりいただきました。 最近,GERDについてのテキストや雑誌の特集号が目につきますが,どうして,GERDがこんなに注目されてきたのかという点から,話を始めたいと思います。 ■GERDは増えているか?春間 私が卒業した約30年前には,逆流性食道炎は,非常に珍しい病気で,また胸やけで来院される患者も少なかったと思います。やはり病気の頻度が増えているということがいちばん大きい要因なのではないでしょうか? 一方,上部消化管の他の病気は多少減ってきているのかもしれません。ただ,20~30年前の欧米ではすでに逆流性食道炎,GERDという概念は出ていました。また,GERDはQOLを低下させる病気であるとともに,合併症の問題があります。以前は,Barrett食道やBarrett腺癌をあまり経験しなかったのですが,最近では少しずつ増えてきているように感じています。 金子 春間先生がおっしゃるように,病気の頻度自体が高くなっていることに加えて,患者も医師もGERDに注目するようになってきたことも増加の原因であると思います。 GERDは,食道にひどい潰瘍のあるものはそれほど多くないものですから,医師も,初めのうちは放置しておいてもいいという認識があったと思います。ところが,最近は医療機器の進歩もあって,かなり細かい病変まで見えるようになったこともあり,医師が,GERDを意識しながら,いわゆる胃食道接合部(gastroesophageal junction)を内視鏡でよく診るようになってきました。その結果,GERDも多く発見されるようになってきたのではないでしょうか。 また胸やけなどの症状に対して,ある程度有効な薬が確立されてきましたので,肉眼的にたいした所見がなくても,患者が,その症状でかなり悩んでいれば,その薬を処方して治療するのが一般的になっています。つまり治療できる対象が増えているといえると思います。 木下 以前は,内視鏡検査ではっきりした病変が認められたものにだけ,逆流性食道炎という疾患概念で治療の対象としていたものが,いまは病変が認められなくても,症状があれば治療の対象にするようになっているということですね。 足立 喘息,慢性喉頭炎,非心臓性の胸痛など,一見食道外と思える症状がGERDによって引き起こされるということがある程度わかってきたことによって,呼吸器や循環器,耳鼻科などの他科の医師が,「この症状は,もしかしたらGERDじゃないか?」と興味をもって診療しておられることも,GERDが注目される要因だと思います。 木下 さて実際にGERDが増えているという数字はあるのでしょうか? 春間 具体的な数字で示すというのは,逆流性食道炎の診断能のレベルの向上もありますので,過去と現在のデータを比較することは難しいかもしれません。 ただ発見率としては,各施設での内視鏡検査数のうち,10%から,多いところでは20%近く,逆流性食道炎が見つかっているというデータはあります。また胸やけを主訴に外来に訪れる患者はわれわれの施設でも,一般医家の先生方のところでも増えているということは実感として持っていますので,事実としてよいと思います。 金子 やはり同じ印象をもっています。実際に,内視鏡検査の総数も増えていますけれども,実数として増えてきていることも事実です。過去10年ぐらいを見ても,数が増えていて,しかも軽症例が増えてきています。胸やけを第一主訴として来る患者さんはそれほど多くないと思いますが,胃の痛みなどで来られる方は,多いわけです。そういう方に,医師から「胸やけはないですか」と質問をすれば,多くの方は,そういうことを経験したことがあると答えるわけです。治療対象になるかどうかは別として,聞けば「確かに胸やけはあります」という患者は多いので,GERDの診断がつく人は増えているということなります。 足立 実際に,われわれのデータでもかなり増えています。私が医師になった15年前と今を比べますと,約3倍程度に増えていると思います。2年ほど前から,非常に興味をもって,食道をprospectiveに観察するようになってからは,さらにGERDの頻度が高くなっているように思います。 増加の原因ですが,関心が高まっているということ以外に,内視鏡検査を受ける患者の高齢化が考えられます。われわれの施設は,もともと高齢者の多い地域なのですが,それでも内視鏡検査を施行する患者の高齢化が進んでいます。 これは木下教授のデータにも出ていると思うのですが,日本人の食生活が欧米化して胃酸が増えているということや,ヘリコバクターピロリ(Helicobacter pylori:H. pylori)の感染率がだんだん下がってきているということも,GERDが増えている要因ではないかと思います。 木下 そうしますと,どうもGERDの数が増えていることは間違いなさそうだけれども,その増えている原因は多様だということですね。 ■GERDでQOLは低下するか?木下 それでは,GERDという病気では実際にQOLは下がっているのでしょうか。春間先生,いかがですか。春間 われわれは,広島県の北部にある村を対象に,ずっとprospectiveな検討をしていますが,そこでは「QUEST問診票(編集室注:自覚症状にもとづいてGERDの診断をするための自己記入式の簡単な問診票)」とQOLの評価をしています。「QUEST問診票」は無症状の方を対象にしていますが,その回答結果でGERDと診断されるケースはQOLが低下していますので,おそらく症状をもって来院される方は,かなりQOLが低下しているのではないかと思われます。特に夜間,睡眠が障害されますので,QOLが低下する病気であることは間違いないと思います。 木下 心療内科的な立場からはいかがでしょうか。 金子 心療内科の受診者は,おしなべてQOLが低下しています。ですから,そのなかで特にGERD患者のQOLが低下しているかどうかについては,他の疾患と比較検討したことがないので,わかりません。受診者の多くは複数の愁訴をもっているので,その不定愁訴の中の1つとして胸やけがQOLにどれだけ影響しているかということは,これからの検討課題かと思います。 また,かなりQOLが阻害されていても,「これが普通だ」と思っていて,気づいていないという例もあります。これには,ある程度の薬で症状がよくなると満足しなければいけない,という受診者の考え方が関係していると思います。 足立 同感です。症状があっても,特に生活に困らないと感じている方に,一度プロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor:PPI)で治療をすると,その後,PPIが手放せなくなる方もいます。そういう方では,かなりQOLが落ちていたのではないかと思います。 ただ,当施設で正確にQOLを評価したことがありませんので,具体的な数字としては出せません。 ■GERDによって起こる症状木下 最近,胸痛を起こす患者さんで,心血管検査をして異常がないような方の半数以上が実はGERDじゃないかと,あるいは喘息症状の半数近くがGERDで起こっているのではないかという話があります。例えば,胸痛を主訴とする方では,ご本人がそれをGERDと気づかずに心疾患を心配されていて,QOLがずいぶん下がっていることもあります。そのような患者では胸痛を起こして救急外来を受診するのですが,そのたびに亜硝酸薬やカルシウム拮抗薬を投与されて,かえって症状が悪くなってしまうということがあります。また喘息治療薬でも,症状が悪くなりQOLが改善しないということもあると聞いていますが,そういう経験されたことはありますか。春間 欧米でいうほど重篤なケースの経験はありませんが,むしろ不定愁訴に近い胸痛患者に,さまざま検査や心電図などを行っても原因がわからず,最終的にPPIをfull doseで投与すると,かなり効果が得られるという成績は出ています。 木下 心療内科では,いかがですか。 金子 心療内科に来る患者さんのほとんどは,内視鏡検査などが済んでいて,明らかな逆流性食道炎のない人です。その方たちには心因性胸痛や咽喉頭異常感症という診断がついていますが,心因性胸痛の痛みの一部には,食道の運動異常がかかわっていることがあります。食道内圧検査で食道の痙攣が見つかる場合もあります。 足立 私は,胸痛がPPIで治療して良くなったという経験はまだありません。 ただ,ステロイドが必要のないようなタイプの喘息患者で,早朝に喉のイガイガ感がけっこうあるとおっしゃる方の場合に,GERDとして強力に治療してあげると少し症状が緩和される経験はあります。しかし,非心臓性の胸痛で,「この人はGERDだ!」という人を,私自身は診たことがありません。 木下 3人の先生方それぞれに,胸痛や喘息様の症状がGERDで起こる方を実際に経験されているわけですね。しかし,現時点では非常にたくさんいるというわけではなさそうです。 胸痛や喘息様の症状をもつ患者は,QOLが低下しやすいので,診療をする際には,GERDを頭の隅に置いておくことは,非常に大事じゃないかと思います。
(つづきは本誌をご覧ください)
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