今月の主題

循環器薬の使い方 2006

山口 徹(虎の門病院)


 循環器薬の特徴の一つはエビデンスが多いことである。癌が死因の第1位であるわが国とは異なり,世界的にみると死因の第一位は心血管疾患であり,心血管疾患に対する治療薬が検討対象となりやすいからである。特に長期投与の効果については,他のどの領域よりエビデンスが充実している。心室性期外収縮が頻発する心筋梗塞後の心機能低下患者に対して,抗不整脈薬をホルター心電図で不整脈抑制効果を確認したうえで長期に投与した臨床試験では,投与群の死亡率が非投薬群より高かった話は有名である(CAST試験)。この試験により,薬の短期効果と長期効果は明確に分けて考えなければならないことが再認識された。その後は長期投与効果を確認することが当然となり,その豊富なエビデンスに基づいて多くのガイドラインが作成され,循環器疾患治療ではEBMを行う環境が整っている。本特集でも,最初に短期および長期投与の効果に関するエビデンスをわかりやすく示した。

 循環器薬のもう一つの特徴は,同じ薬が多くの異なる病態で使用され,かつ同じ薬効の薬の種類が多い点である。慣れないと混乱しそうになるが,基本となる薬効でみると汎用されるのは数種類である。例えばカルシウム拮抗薬は実に多くの薬剤があり,ジェネリックも含めると到底覚えきれないが,1,2剤に精通すれば他の同種薬を知る必要はほとんどなく,これを各種の病態で使いこなせることのほうがはるかに重要である。うまく使えば1剤で降圧,心不全予防,腎保護が可能であったりするので,少ない薬剤を多病態で効果に使用する使い方を身につけるのがよい。

 循環器疾患は生活習慣病の代表である。最近はメタボリックシンドロームが紙面を賑わし,患者さんの関心も高い。食事と運動の重要性が強調されてはいるが,生活指導によりこれらが適正化されることはなかなか難しく,検査値の是正が容易な薬物治療に医師も傾きがちである。気がつくと,患者さんの薬袋ははち切れそうになっている。しかし,虚血性心疾患などは欧米よりはるかに発生頻度が低く,その分だけ日本では,リスクファクター抑制薬の効果の程度も少ないと考えなければならない。日本人におけるエビデンスが十分でない分野も多く,時には性差も考慮しなければならない。個々の患者さんには必要最小限の処方で対処し,薬に頼り過ぎないよう心がけたい。本特集では,循環器薬使用上のポイントをわかりやすく整理することを目指した。読者の循環器薬の使い方を再整理できる機会となれば幸いである。