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Case Study 診断に至る過程

第2回テーマ

シリアスな腰痛

松村正巳(石川県立中央病院内科)


 さて,今回の患者さんです。

病歴&身体所見

68歳,男性
主訴:腰痛
現病歴:腰痛が出現した7週間前までは元気であった。腰痛は徐々に悪化し,安静時も痛くなってきた。2週間前からは食欲低下,全身倦怠感,夜間の頻尿が出現した。かかりつけ医を受診したが,腰痛の原因はわからなかった。昨日からは腰痛がさらに悪化し,動けなくなった。今朝からは受け答えがおかしいため救急外来へ搬送された。この2カ月で体重が2kg(71kgから69kg)減ったという。
既往歴:12年前から2型糖尿病の治療を受けている。ボグリボース(ベイスン®:0.2mg)3錠/日を内服中である。かかりつけ医からはコントロールは良いと言われている。
家族歴:特記事項なし。
嗜好:たばこは1日20本を50年間吸っている.お酒は飲まない。職業は建築業である。
身体所見:血圧124/70mmHg,脈拍66/分・整,体温36.2°C,呼吸数18/分。Japan Coma Scale 2. 名前は答えられるが,病院に来たことがわからない。しきりに腰が痛いと言う。皮膚ツルゴールは低下している。左頚部に径1.5cmのリンパ節を触れる。圧痛,癒着はないが消しゴムくらいの硬さである。胸,腹部に異常所見なし。腰椎に叩打痛を認める。その他の神経学的異常所見なし。

 いかかがでしょうか。まず病歴,身体所見から問題点を重要なものからすべて挙げて,鑑別診断を考えてみます。検査をオーダーする前にどこまで診断に迫ることができるでしょうか。

プロブレムリスト

  1. 安静時も痛い腰痛,腰椎に叩打痛
  2. 左頚部のリンパ節腫脹
  3. 体重減少,食欲低下
  4. 夜間頻尿
  5. 皮膚ツルゴール低下,容量減少(いわゆる脱水)
  6. 全身倦怠感
  7. 糖尿病

 この患者さんの診断を考えるうえで大切なのは,安静時も痛く,体重減少を伴うシリアスな腰痛があるということです。シリアスな腰痛として腫瘍性の痛み,出血,感染,馬尾症候群,腹部大動脈瘤破裂,内臓性の腰痛があります1)。シリアスな腰痛が疑われる症状・所見として以下のものがあります。この方は喫煙歴があり腫瘍性の痛みも考えておかなければなりませんね。

[memo 1] シリアスな腰痛が疑われる症状・所見1)

発熱,体重減少,夜間痛,安静時痛,癌の既往,副腎皮質ステロイド内服中,進行性の神経症状(運動,知覚麻痺,膀胱直腸症状)

 さらに腰痛の原因は以下のようにとらえます。

[memo 2] 腰痛の鑑別診断2)

( )内は頻度を示す
メカニカルな腰痛(97%)
腰椎捻挫(70%),椎間板と椎間関節の退行性変化(10%),椎間板ヘルニア(4%),脊柱管狭窄(3%),骨粗鬆症による圧迫骨折(4%),腰椎すべり症(2%),外傷による骨折(<1%),先天性疾患(<1%),
非メカニカルな脊椎の状態(1%)
悪性腫瘍(0.7%)
  多発性骨髄腫,転移性癌,リンパ腫,白血病,
  脊髄腫瘍,後腹膜腫瘍,脊椎腫瘍,
感染(0.01%)
  骨髄炎,椎間板炎,硬膜外膿瘍
炎症性関節炎(0.3%)
  強直性脊椎炎,乾癬性脊椎炎,
  Reiter症候群,炎症性腸疾患
内臓疾患(2%)
骨盤内臓の疾患
  前立腺炎,子宮内膜症,慢性骨盤内炎症性疾患
腎疾患
  腎結石,腎盂腎炎,腎周囲膿瘍
大動脈瘤
消化器疾患
  膵炎,胆嚢炎,潰瘍の穿孔

 この患者さんはシリアスな腰痛があるということを念頭に置き,次に着目すべきはリンパ節腫脹です。リンパ節腫脹は第1回にも出てきました。感染症,膠原病,悪性疾患,その他の疾患という4つのカテゴリーで考えます。腫れたリンパ節に圧痛を認めるときは炎症の存在を示唆し,石のように硬いリンパ節は癌の転移を示唆します。リンパ腫や結核によるリンパ節腫脹は消しゴムくらいの硬さに感じます

[memo 3] リンパ節腫脹をきたす疾患3)

感染症:ウイルスによるもの-EBウイルス,サイトメガロウイルス,HIVなど
細菌によるもの-猫引っ掻き病,結核など
リケッチアによるもの-つつがむし病
膠原病:関節リウマチ,混合性結合組織病,全身性エリテマトーデス,皮膚筋炎,Sjögren症候群,血清病,薬剤,原発性胆汁性肝硬変など
悪性疾患:リンパ腫,白血病,癌の転移など
その他:甲状腺機能亢進症,サルコイドーシス,菊池病など

 腰痛の鑑別診断のなかでリンパ節腫脹をきたす疾患を考えるとメカニカルな腰痛では説明がつきません。腰痛,リンパ節腫脹をきたす疾患から鑑別診断を挙げると……

(つづきは本誌をご覧ください)

参考書
1)上野征夫:腰の痛み,リウマチ・膠原病診療ビジュアルテキスト,pp101-109,医学書院,2002
2)Deyo RA, Weinstein JN:Primary care;Low back pain. N Engl J Med 344:363-370, 2001
3)Henry PH, Longo DL:Enlargement of lymph nodes and spleen, Kasper DL, et al(eds):Harrison's Principles of Internal Medicine, 16th ed, pp343-348, McGraw-Hill, New York, 2005
4)寺沢秀一,他:研修医当直御法度-ピットフォールとエッセンシャルズ,p4,三輪書店,1996
5)Potts JT:Disease of the parathyroid gland and other hyper-and hypocalcemic disorders, Kasper DL, et al(eds):Harrison's Principles of Internal Medicine, 16th ed, pp2249-2268, McGraw-Hill, New York, 2005


松村正巳
1986年に自治医科大学を卒業し,石川県立中央病院でローテート研修を受けました。市中病院の内科医として,病歴と診察でどこまで診断に迫ることができるか修行中です。若い方々に診断過程の醍醐味をお伝えできれば,これに勝る喜びはありません。