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●しりあす・とーく

第14回テーマ

初期研修から後期研修へ
-医師研修の「はざま」を語る(後編)

出席者(発言順)
岩田健太郎
 (亀田総合病院総合診療感染症科部長)
陳若富〈司会〉
 (国立病院機構大阪医療センター循環器科医長,
  国立病院機構近畿ブロック事務所医療課長)
吉津みさき
 (河北総合病院臨床研修アドバイザー)


前回よりつづく

■アウトカムがカリキュラムを決めるべきだ

岩田 いま,亀田総合病院(以下,亀田)の後期研修は,「LOVE」を標語として掲げています。Lはlearner centered,Oはoutcome oriented,Vはvariety,そしてEはexcellenceで,個々の人に合わせて,まずゴール,アウトカムを決めて,そこに向かってまい進するためにはどうしたらよいかというプログラムづくりを行うようにしています。そこでは,何を何カ月というのは実はかなり瑣末なことです。研修をしているうちに目的が変化することも多いですし,状況次第で途中でやめてもいいと思うんです。

 例えば,感染症の後期研修医の中には,血液内科を2カ月回っていようと思ったんだけれども,これでは駄目だというので4カ月に延ばした人がいます。また,研修途中でも,集中治療が弱ければ,急に1カ月,集中治療を回ることにしたという事例もありますし,「外来が意外に弱いな」というので,急遽,家庭医療科を1カ月ローテーションしてもらうということもあります。亀田すべてでこのような融通が利くわけではないのですが,少なくとも私が管轄している部署ではこうなっています。ですから,むしろアウトカムがカリキュラムを決めるのであって,カリキュラムがカリキュラムを決めるのではないと思います。

研修の期間は柔軟に

 ということは,後期研修の枠,期限というのは,一応ないと考えてよいですか?

岩田 最低2年と考えています。2年で終わらせるのを原則にしていますが……。

 個々の進み具合によって,延長もあり得ると。

岩田 あるいは,例えば女性の医師だと出産があったり,育児があったりします。アメリカですと,例えば感染症のフェローシップというのは,何がなんでも2年(時に3年)で終わるんです。実は,カリキュラムありき,なんですね。すると,研修医の側が何をするかというと,よくあるパターンとしては,内科の3年をやって,次の2年で感染症をやるのですが,そこで子どもの出産をとか考えるのです。フェローは適当にやって,ナアナアで仕事をしてと……。フェローは,日本の大学と同じで,入ることそのものに意味があって,卒業のときには誰も落ちないような仕組となっています。だからそこで出産して,育児もやって,休暇をたくさんとろうということばかりを考える人が出てくるわけです。

 むしろ,アメリカはそこが遅れてるんですね。出産するのも,育児をするのも,もちろんかまわないのですが,ゴールはしっかり達成してもらえなければプログラムの意味がありません。そのためには,2年のプログラムを3年に延長してもかまわないし,それはむしろ歓迎すべきことだから,しっかりと目標を達成するまでやりましょう,と。これが今,私がもっている基本的な考え方です。

「亀田」の看板を背負って出て行ってほしい

岩田 ただ,私どものプログラムでは2年以内でゴールに達することは,現実にはあり得ないと思っているので,いわゆる飛び級というのは,いまのところ考えていません。逆に,目的を達成し,このプログラムが終わったら,どこの病院に行っても感染症のプロとして病院をリードできる人材として,「亀田のフェローシップを終わった」という看板を背負って,いわば「亀田の広告塔」として出て行ってもらうということをデューティにしています。

■専門医取得を後期研修プログラムに組み込むべきか?

日本における感染症教育のモデルを目指す

 岩田先生が担当されている,感染症の後期研修の定員は何人ですか?

岩田 今のところ,3人を担当しています。

 先生が,その3人の方を同時に管理していらっしゃるのですか?

岩田 私と,医長が1人いて,2人の指導医で3人の研修医です。その他に,外部からの短期研修希望者がたくさんいるので,その人たちを含めると,常時,だいたい7~8人をみています。そして,これを日本のロールモデルにすることを目標にしています。感染症教育システムというものが,日本には存在しないんです。まったくないので,自分たちがモデルにならなくてはいけない。

 そして,うちのプログラムは,いわゆる専門医制度とも,まったく切り離しています。

 まったく,それはうたわない?

岩田 はい。専門医をもっているかどうかということが評価の対象にはなりません。

吉津 ただ,患者や,社会からすると,専門医をもっているか,いないかというのは,大きな意味をもっているのではないかと思います。専門医制度にもいくつかの問題点もありますが……。

■患者は医師の何を評価するか?

時代は変わりつつある

岩田 私たちは関係のないことだと考えています。亀田のフェローシップを終わった,ということがブランドになるような成果を出していきたいと思っています。いま教育を一生懸命やって,ここでフェローシップを終えたら,病院がこんなによくなったという院長からの評価,患者さんからの評価をしっかりと獲得していきたいと思います。いま,患者さんもインターネットでよく調べていますから,昔のように,博士号があるとか,PhDがあるとか,学会専門医をもっているとか,そういうことだけでは評価されません。いま,外科の世界では手術の成功率まで,インターネットで公表していますから,どこの大学の教授というだけでは,信用されなくなりました。あと10年経ったら,そういうパラダイムは時代遅れになると思います。評価に値しないものは評価されない時代がくると思っているのです。

■標準化には弊害もある

excellenceを目指すとテーラーメイドでやることになる

 専門医取得ということよりも,「亀田で感染症の後期研修を終えた」ということが1つのステータスになるように……。

岩田 そうです。それをブランドにするのです。私たちは,excellenceを目指しているので,アメリカの初期研修で,ACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)が言うような「あれができる,これができる」という,標準化された医師を目指す気はありません。最高級のものをつくりたいわけです。だから,必然的にテーラーメイドでやることになる。標準化というのは,ある意味,足を引っ張るところがあるんですね。

 そうですね。

岩田 「これができる」「あれができる」というチェックリストはそこそこ埋められるのだけれど,全体でみるとたいした医師ではない。そういう医師は育てたくないのです。高いものを目指して,いいと思うことはどんどんやりますし,方針もどんどん変えます。教育のやり方も,途中で変えますし,スケジュールも変えます。

 例えば,プロ野球は,春の段階で「今年はこの方針でいくぞ」とやって,10敗したとします。それを「今年はこうやると決めたから」という役人みたいな理由で,1年間通すバカはいなくて,監督は作戦を変えますよね。なぜ,それが教育の世界で起きないのかと思うわけです。やっているうちにやり方を変えてみるということは,あって普通ですし,人間を鍛えていくというのはそういうことだと思うのです。個々の人間を鍛えて優秀にしていくのであれば,2年間一貫して,同じスケジュールで,同じやり方でということのほうが,むしろ不自然です。

■必要に応じて所属病院外でも学べる仕組み

吉津 そうですね。初期臨床研修は,2年間というある程度決まったものがありますが,河北総合病院(以下,河北)でも,後期の研修期間は科によって違っています。専門医制度については,さまざまな見方があると思いますが,ある程度,きちんとした専門医制度をもっている学会もありますし,河北の後期研修では専門医を取るということが1つの目標になっています。ただ,専門医を取る際に,市中病院では,どうしても足りない疾患や,経験できない疾患などもありますので,そのような部分については別の病院で勉強してくるというようなシステムを取っています。

岩田 私のところでもやっています。

吉津 これは大事だと思うのです。自分たちのプログラムに足りないと思ったものがあれば,ほかの病院に行って研修することが可能な仕組みもプログラムにしたいと考えたのです。市中病院では,そういったことをしなければ,専門医を育てるのはなかなか難しい部分もあります。ただ,このような研修は病院長や上の先生方の理解が必要不可欠なんですよね。

岩田 うちでも,「away elective」というのをやらせていますが,これは調節が面倒くさいです。まず,「外の病院に行っているのに,給料を払うとはなにごとだ」とか言われます。

 それは1つの問題ですね。

岩田 結局解決策として,うちは後期研修を年捧制にしました。そして年俸を12分割して毎月支払うことにしたのです。そして先日,うちのフェローは,フィリピンに行って熱帯医学を勉強してきましたし,また別のフェローはACC(国立国際医療セ ン ター エイズ治療・研究開発センター)で勉強してきました。感染症は地域性が強いので,その地域でしか診ることのできないものも多く,その勉強のために行くのですが,その期間も給料がちゃんと出ます。

 そのような経理とか,人事とかの微調節を必要としますが,away electiveが自由にできるというのはすごく大切なことだと思っています。以前,亀田は初期研修において1カ月の海外研修制度をもっていたのですが,厚生労働省が,制度上それは認められないというので,今できなくなってしまったんです。標準化が足を引っ張ることの好例です。よりよいものをやろうとしているものの足が引っ張られる。

吉津 亀田の研修では海外に行けているものと思っていました。

 新しい臨床研修制度になってから,駄目になったということですね。

岩田 1カ月間,病院の外にいることは許されないんです。それで現在は2週間に短縮して行っています。

(つづきは本誌をご覧ください)


岩田健太郎氏
1997年島根医科大学卒業。沖縄県立中部病院,セントルークスルーズベルト病院,ベスイスラエル・メディカルセンター,北京インターナショナルSOSクリニックを経て2004年より亀田総合病院。著書に『悪魔の味方-米国医療の現場から』(克誠堂),『抗菌薬の考え方,使い方』(中外医学社),『感染症外来の事件簿』(医学書院,近著)など。

陳若富氏
1984年徳島大学医学部医学科卒業。済生会富田林病院内科で研修,国立大阪病院(現大阪医療センター)循環器科レジデントを経て現職。国立病院機構近畿ブロック事務所医療課長として全国最大規模となる国立病院機構の後期臨床研修制度の立ち上げに積極的に関与。NPO法人日中医療技術交流会理事長として,中国との医療交流を実施中。

吉津みさき氏
1994年筑波大学医学専門学群卒業。河北総合病院にて2年間の初期臨床研修ののち,循環器内科に所属。2001年現職に就く。臨床研修委員会副委員長として研修教育全般にかかわり,よりよい研修体制の確立に力を注いでいる。