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●しりあす・とーく

第8回テーマ

感情と医師研修

(後編)

出席者(発言順)
宮崎 仁〈司会〉
宮崎医院・院長

木村琢磨
国立病院機構東京医療センター・総合診療科

児玉知之
聖路加国際病院・内科シニアレジデント


(前号よりつづく)

宮崎 いろいろお話が出まして,医師もやはり感情労働者であるということが確認できました。抑圧された感情を抱えて仕事を続けなければならないわれわれとしては,自らのメンタルヘルスを守ることを,積極的に考えていかねばならない時期に来ていると思います。しかし,いざ具体的な対策を立てるとなると,なかなか難しいところがあります。そこで,日本の研修医が抱えているストレスの問題について調査された木村先生からお話しいただけますか。

■研修医のストレス要因

3つの「ギャップ」

木村 その調査は,筑波大学の前野哲博先生の研究で,私が担当させていただいたのは,そもそも日本の研修医のストレスという概念自体がわからないので,それを検討するという部分です。

 その結果を一部ご紹介させていただくと,わが国における研修医のストレス要因は大きく分けて3つのカテゴリーに分かれました。1番目は,一人の人間としてのストレスです。これは,例えば「眠れないのがつらい」などの生理的なストレスのことで,「生活ギャップ」と名づけました。

宮崎 「ギャップ」というのは?

木村 「ギャップ」というのは周囲から自分に求められている期待や,自分が抱いている理想と現実との落差を表現しているとお考えください。あとの2つにも共通するキーワードですが,今回の調査で,「ギャップ」に葛藤が生じ,ストレスが生じると分析されました。

 2番目は,未熟な医師としてのストレスです。これは,研修医は医師免許をもっていても,問題解決レベルの知識が十分でないため,医師として,十分に責任を果たせないことがある。そのため,「もう医師免許を持っているんだから」と言われると思えば,あるときは「まだ研修医のくせに」と言われたりする。これを専門職としてのギャップという意味で,「プロフェッション・ギャップ」と名づけました。

 3番目は,社会人としてのストレスです。これは,一人の社会人として,経験や能力が不足していることによるもので,「社会人ギャップ」と名づけました。

■日本の研修医の特殊性

木村 これら,われわれの分析した,わが国における研修医のストレス要因を欧米における研修医のストレスモデルと比べますと,欧米では患者さんに共感するとか,死にそうな患者さんがいるということなどが,研修医といえども,ストレス要因になっていて,上級医のストレス要因とオーバーラップしていましたが,日本の研修医では,そういうものはあまり出てきませんでした。これはわが国における研修医のストレスモデルの特徴ではないかと考えています。

 これは私の解釈なのですが,よく言われているように,日本の研修医は,欧米よりも少し医師としての成長が遅いのかもしれません。医師というよりも,学生の延長のところで悩んでしまって,本来医師として重要な,患者さんのことで悩むところまで,まだいっていないように感じました。

宮崎 そこまで手が回らないということでしょうか。

木村 そうなのかもしれません。

 「生活ギャップ」は,物理的に仕事が忙しいとか,そういうことが原因なのでしょうが,「プロフェッション・ギャップ」,「社会人ギャップ」というのは,学生時代と現場のギャップがあまりにも激しすぎて,もがいてしまう状況に直面している結果ではないかと考えています。

「帰らない人は偉い」という文化

宮崎 それらに対する対策はいかがでしょうか?

木村 はい。重要なのは対策ですが,例えば生活ギャップを改善するべきだと言っても,とても難しいとは思います。われわれ医師には,ややもすると「長く病院にいる人は偉い」というような風潮が,けっこうありますよね。

宮崎 ああ,帰らない人は偉い(笑)。

木村 例えば大学などでは先輩よりも先に帰ることに抵抗がある場合もあると思いますし,時間的拘束が長いほど,「あいつは頑張ってる」というような評価がありますよね。まあ,私も実際,そう思うのですよね。ずっと病院にいる人を見れば,「あの人はよくやってるなあ」と思うし,「よく患者を診てる人だなあ」と思うのですが,そのような文化があるから,「生活ギャップ」の問題を解決するのはなかなか難しいわけです。逆に言えば解決策の糸口もそこにあるのかもしれません。

宮崎 逆に,要領よくスマートに仕事をこなせる人が評価されるという施設もありますよね。私が研修した病院では,ダラダラと夜遅くまで病棟に居続ける人は,要領の悪い奴と見なされて,歓迎されませんでした。反対に,いつも一番はじめに帰っていって,病院の外で楽しく遊んでいるように見えても,医師としての仕事のクオリティは高いという人のほうが,ずっと良い評価を得ていたように思います。

 ただ,日本人の一般的な傾向としては,病棟に住みついているような医者が評価されやすいですね。

木村 何の仕事でもそうだと思いますが,職場つまり病院にいる時間くらいしか比べられないんですよね。例えば科が違えば,ぜんぜん仕事の質も違いますし,同じ科でも,受け持ち患者さんによってぜんぜん違うので比べられません。私も忙しくて病院に遅くまでいると,ついつい「なんで,おれだけが……」と思ってしまうときがあるのも事実です。患者さんの立場で考えると,主治医制のメリットは多くあると思いますが,医師個人に生活ギャップが生じすぎないような勤務体制などについて検討していかなければならないのではないかと思います。

■医学部教育と臨床現場の間に大きなギャップ

木村 2番目の「プロフェッション・ギャップ」,3番目の「社会人ギャップ」は,まだ現場での医師としての経験や勉強が足りないことや,社会人としての大変さであって,これをどうすればいいのかというのは難しい問題です。ただ,医学部での教育と臨床現場とのギャップが激しすぎるのは,間違いないことだと思います。

もっと現場に出る教育を

木村 諸外国に比べると,地域や,現場における学習・研修が,日本の卒前教育にはあまりにも少なく,改善が望まれています。もちろん,それだけで全部解決できるということはないと思いますが,激しすぎる医学生時代と臨床現場のギャップを少しでも小さくすればストレスは軽減されると思います。

宮崎 学生と研修医の間のギャップということですね。

木村 そうです。児玉先生もおっしゃいましたが,私も,働き始めたら医学生時代は全く想像もしなかったようなことがたくさんありました。

宮崎 なるほど。

木村 もちろん,どんな仕事でも,人間関係とか,コミュニケーションというのは大変だし,おそらくどこの社会でも,ストレスがあるのがあたり前で,単に自分がそれを知らなかっただけかもしれませんが,医学生時代は全くと言っていいほど想像つかなかったですね。

児玉 やっぱり,実際にやってみないとわからないところが大きいと思います。

■研修医のストレスへの対策

一人で抱え込まないことが大切

木村 今,申し上げたように,対策の1つはギャップを縮めるようなことを卒前教育に……ということ。つぎに,卒後研修が始まった後の,現場での対策はというと,私自身の経験から言えば,やはり同僚の医師と話したりすることがメンタルヘルスという観点からは有効だと思います。私自身は非常に助かった経験があります。聞かされているほうは,逆にそれがストレスになっている可能性はありますが(笑)。でも,これをシステムとして導入すべきかどうかというと,ちょっと難しいかと思います。

児玉 やはり,1人で抱え込まないことが重要ですね。

木村 ええ。先ほども言いましたけれども,やはり無理をしないということだと思います。

児玉 それが,ナチュラルにできない人は,本当にバーンアウトしてしまったり,うつになってしまうことがあると思います。

宮崎 欧米で書かれた医療面接技法のガイドブックを読むと,「自分のフラストレーションを同僚と分かち合い,ちょっとしたうっぷん晴らしをするのがよい。毒舌をふるいなさい。遠回しに言う必要はない。」と書かれていますね。自分が患者さんに対してムカついたとして,その感情を患者さんに面と向かって表出するわけにはいきませんが,同僚に対しては「こんなムカつく出来事があってね」とか,「ほんとに頭にきちゃったよ」などと,自分の感情を素直に吐き出しなさいというようなことが,はっきりと推奨されています。

(つづきは本誌をご覧ください)


宮崎 仁氏
1986年藤田保健衛生大学医学部卒。聖路加国際病院で卒後研修を開始し,1988年度内科チーフレジデント。1989年より藤田保健衛生大学病院血液・化学療法科に勤務。白血病の化学療法,造血幹細胞移植の臨床・研究に従事。2002年より宮崎医院院長となりプライマリケア,家庭医療学を実践中。著書『もっと知りたい白血病治療―患者・家族・ケアにかかわる人のために』(医学書院)

木村琢磨氏
1997年東邦大学医学部卒。医学部6年時に,診療所,在宅診療,ホスピスなどで実習し,一般的な医療を志す。国立東京第二病院(現:国立病院機構東京医療センター)研修医,国立病院東京医療センター総合診療科レジデント,国立療養所東埼玉病院(現:国立病院機構東埼玉病院)内科を経て,現職。卒後教育のほか,卒前教育,看護教育にも携わっている。

児玉知之氏
2002年旭川医科大学卒業後,聖路加国際病院内科レジデントとして初期研修を開始。2004年度内科チーフレジデントとして前期研修医の指導にあたる。2005年度より聖路加国際病院内科シニアレジデントとして勤務。