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●しりあす・とーく

第7回テーマ

感情と医師研修

(前編)

出席者(発言順)
宮崎 仁〈司会〉
宮崎医院・院長

木村琢磨
国立病院機構東京医療センター・総合診療科

児玉知之
聖路加国際病院・内科シニアレジデント


■なぜ「感情と医師研修」か?

宮崎 本日は,「感情と医師研修」というテーマで座談会を行いたいと思います。

 私は,藤田保健衛生大学医学部を卒業後,聖路加国際病院で内科のレジデントを3年間やりました。研修終了後は母校の大学病院に戻って,血液内科の専門医として約15年間勤務いたしました。2年前に一般内科の開業医となり,現在はプライマリケア,家庭医療学を中心に勉強しております。

 今回,「感情と医師研修」というテーマで鼎談を行うことになった,そもそものきっかけからお話します。今年の1月に,医師がプライベートで開設しているホームページ上に患者さんを中傷する書き込みをしたという事件が報道されました(編集室注1)。その医師は非難を浴び,病院を解雇されたわけですが,私は,そのニュースを聞いて非常に驚きました。問題の医師がホームページに書き込んだ内容は,きわめて不適切なものだったわけですが,一方でその事件を離れて,「医者が自らの感情を語ること」について考えたとき,その難しさやリスクといったものを強く感じました。そこである医療系メーリングリストに,そのような趣旨の文章を投稿したところ,非常に大きな反響があり,また,『medicina』編集室の目にもとまったため,本日の座談会に至ったという経緯です。

 先生方も,この事件についてご存じだと思いますが,本座談会はこの事件そのものについてお話しいただくことを目的とするものではありません。日々の診療のなかで医師がもつ「感情」というものについて,ご自身の経験を踏まえて,感想やコメントをいただければと思います。

語るのが難しい問題

木村 私は,日本獣医畜産大学を中退して,その後に東邦大学医学部を卒業しましたが,大学6年のときに,いろいろな方のお世話で,おそらく当時としてはめずらしいことだったと思いますが,地域の診療所やホスピスなどで研修をさせていただきました。その影響もあって,「一般的な医療を勉強したい」と,漠然と思うようになりまして,いろいろなところをローテートするつもりで,いまおります東京医療センターの前身である国立東京第二病院へ研修医としてお世話になりました。その後,総合診療科でレジデントをやって,いまの私の上司である青木誠先生らにいろいろお教えいただき,国立療養所を経て現在は医員として東京医療センターで働いています。徐々に教える立場にならなければいけないのですが,まだまだ勉強中です。

 この事件については,一般的な意味で知ってはおりましたが,コメントするのが難しい問題だというのが率直な感想です。診療のなかで医師がさまざまな感情を持つことは否定できない事実ですが,もちろん,それをホームページ上に書き込むという行為が望ましくないのは当然だからです。また,インターネットという媒体は,非常に急速に発達していますから,そのような媒体との付き合い方,扱い方というのも,1つの問題だとは思います。

 難しい問題で困惑しておりますが,私自身,考えることも多く,こういうことを話し合うのは,勉強になると思いながら,今日はまいりました。

■医師はムカついてはいけないか?

児玉 私は,北海道の旭川医科大学を卒業して,今年4年目になります。3年前に聖路加国際病院に入りまして,内科で研修をしてきました。当院は,いろいろな科をローテートする研修システムが,宮崎先生の頃からあったわけですけれども,厚労省の指導があって,昨年度から研修内容が少し変わりました。ちょうどその時期にチーフレジデントという立場で,指導的な立場を務めさせていただきました。

医療は人間対人間

児玉 私自身,患者さんに対してムカつくといいますか,ネガティブな感情をもつことが,たまにあります。どうしても人間対人間ですので,こう言っては差し障りがあるかもしれませんが,「人としてどうなのかな?」と思うような患者さんも,中にはいらっしゃいます(笑)。

 ただ,患者さんは弱い立場にあって,医療行為や安心感を求めてきておられるわけですから,人間としておかしいと思ったとしても,そのような人に対して,こちらが感情的になってはいけないのだと,私自身は初期研修のときに学ばせてもらった気がします。もちろん,先ほどの事件のように,ホームページ上で患者さんを中傷することなどは,やってはいけない行為だと思っています。

プロとして求められる態度

宮崎 やってはいけない,というのはムカついてはいけないということでしょうか?

児玉 いえ,ムカつくというのは,人として当然の反応なのでしょうがないと思うんですが,それを表出してはいけないということです。どうあったって,言葉のやりとりや,感情の行き違いというのは生じることだと思いますので,ムカつくこと,それ自体は避けられないと思うんですね。どちらかがロボットなら話は別かもしれませんが,われわれは,コンピュータを相手にしてムカつくこともあるくらいですから(笑),どちらか1人が感情をもっていればそうなるのではないでしょうか。

 ですから,感情の行き違いがあるということについては容認するとしても,その感情を表出しない努力というのは,医者の立場としてすべきじゃないかと思います。それも含めての“プロ”ではないかと思います。

■今まで封印されてきた問題

宮崎 私たちの職業はいままで,「自分のナマの感情を表に出してはいけない」と教えられてきました。児玉先生が言われたように,怒ってもそれを顔に出してはいけないというような「感情規則」があるわけで,医療の現場においては,そういう規則は,意識的,無意識的にたくさん存在します。ですから,こうやって開けっぴろげに,患者さんにムカついたときの体験を語れと言われると,非常に困惑するわけです。その語り方によっては,自分が医療職として不適格な人間であると思われかねないという問題もありますから,非常に難しいですよね。だから,いままで封印されてきて,おおっぴらには語られなかったのだと思います。

医師をとりまく状況の変化が背景に

宮崎 ネットが発達してきたために,いままで各自の心の底に沈殿していた医者の生々しい感情が,ホームページやブログといったところにチョロチョロッと見え隠れするようになってきた,ということはあると思います。

 また,医療をとりまく状況の変化により,医師はかつて経験したことのないような,強いストレスを感じながら毎日の仕事をこなしていることも問題です。院長をはじめとする経営陣からは,コストの削減や採算性をきびしく追求されて,医療事故や訴訟におびえながら,過重労働を強いられています。一方,患者さんからの医師に対する要求のレベルも高くなってきました。どんなに忙しい外来であっても,常に愛想良く親切な態度で診療するのが当然であり,丁寧な説明や同意の取得なしでは,どんな医療行為もできないようになってきました。これらの状況の変化により,まじめで働きものの医師ほど,ストレスの負荷も大きいという図式が成立するわけです。

医者も感情を管理されるようになった

宮崎 いままで,医者というのは,看護師さんや他の医療職と異なり,このように感情を管理されるという経験はほとんどなくて,わりと好き勝手にやってきたのですが,ここへきて,ついに医者も感情を管理されるといいますか,いままでのように好き勝手にはやれなくなってしまった。つまり,院長などの管理者は,勤務医や研修医の感情を管理したいと思うようになってきたということがあるでしょうね。

(つづきは本誌をご覧ください)


〔編集室注1〕 水戸市内の病院に勤務する耳鼻咽喉科の医師(28)が自ら開設している匿名ホームページ(HP)の日記に診療内容や手術の様子を書き込んで多数の患者を中傷した事件。同病院はこの女性医師を諭旨解雇処分にした。同医師は2003年から個人HPの日記に診療や手術の様子を公開していた。医師名も患者らも匿名だったが,患者を「頭悪い」「二度と来るな」「あんまりうるさいと,夜はヤクで寝かせちゃうよ」「あなたがこの世からいなくなっても何とも思わない」などと中傷していた。同HPには,手術の不手際や酒に酔ったまま手術したことなども記されていた。

宮崎 仁氏
1986年藤田保健衛生大学医学部卒。聖路加国際病院で卒後研修を開始し,1988年度内科チーフレジデント。1989年より藤田保健衛生大学病院血液・化学療法科に勤務。白血病の化学療法,造血幹細胞移植の臨床・研究に従事。2002年より宮崎医院院長となりプライマリケア,家庭医療学を実践中。著書『もっと知りたい白血病治療-患者・家族・ケアにかかわる人のために』(医学書院)

木村琢磨氏
1997年東邦大学卒。医学部6年時に,診療所,在宅診療,ホスピスなどで実習し,一般的な医療を志す。国立東京第二病院(現:国立病院機構東京医療センター)研修医,国立病院東京医療センター総合診療科レジデント,国立療養所東埼玉病院(現:国立病院機構東埼玉病院)内科を経て,現職。卒後教育の他,卒前教育,看護教育にも携わっている。

児玉知之氏
2002年旭川医科大学卒業後,聖路加国際病院内科レジデントとして初期研修を開始。2004年度内科チーフレジデントとして前期研修医の指導にあたる。2005年度より聖路加国際病院内科シニアレジデントとして勤務。