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●今日の処方と明日の医学

第4回

【ドラッグラグ】とは?

丸山 浩(医薬品医療機器総合機構)
監修 日本製薬医学会


 「ドラッグラグ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 「欧米で一般的に使われているお薬がわが国ではなかなか使えない」というときによく使われる言葉です.

 その原因として「わが国の医薬品の承認審査が遅い」ということも言われているようです.医薬品医療機器総合機構(PMDA)は医薬品・医療機器の審査,市販後の安全対策,医薬品の副作用による健康被害の救済という,国民を守るための「セーフティ・トライアングル」を担う機関です.今回はPMDAに勤務する医師の視点からドラッグラグについて少し述べてみたいと思います.

■さまざまな要因がある「ドラッグラグ」

 では,承認審査の現状はどうなっているのでしょうか.新薬の審査期間(月数:中央値)を日米で比較してみる1)と,2004~2007年までの4年間で日本は23.4,22.4,27.4,22.0月に対し,米国は12.9,13.1,13.0,10.4月とおよそ1年近い差があります.一方,審査期間のうち審査当局が費やした時間(月数:中央値)を比べてみると,日本は12.3,14.2,15.5,14.5月,米国は11.9,11.8,12.0,10.2月と米国のほうが短いものの差はさほどではありません.審査期間の残りは申請側が費やした時間ですから,わが国では審査期間中における申請者とのやりとりに時間がかかっているということになります.

 一方,未承認薬使用問題検討会議において検討され,早期に国内に導入されることが望ましいと指摘を受けた30品目のうち,日本で開発に着手された23品目について厚生労働省が開発企業に調査したところ,「治験前の開発停滞」を理由としたものが23品目中17品目に上り2),企業側の国内導入に関する意思決定などの遅れが上市の遅れにつながっていることがわかります.

 また,1996年には722件(うち初回95件)あった治験届出数が,新GCP施行された1998年には406件(初回54件)に激減し,その後も低迷を続けたという事実3)もあります.

 このように,「ドラッグラグ」の原因としては,審査(とりわけ,申請企業とのやりとり)に時間がかかること,企業内の意思決定に時間がかかること,治験が活発でないことなどさまざまなものがあります.

■「ドラッグラグ」の解消策

 ドラッグラグの解消に向け,その原因ごとにきめ細かな対応がとられています.

審査の迅速化に関して:PMDAの審査員を増員するとともに,採用した審査員が早期に独り立ちできるよう研修の充実を図っています.また,申請者とのやりとりを少なくするためには申請前からさまざまな問題点について調整し,解決を図る必要があることから,事前評価相談の仕組み4)を導入することとしています.

未承認薬の問題に対して:企業内の意思決定を迅速化するために,厚生労働省において,「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」5)がスタートし,学会や患者団体などからの要望を整理・集約して早期に患者さんの元に届けるべき医薬品の選定を行っています.併せて,医療保険制度の中でも「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」が定められ,開発企業のインセンティブを高めるような配慮がなされています.

治験の活性化について:文部科学省,厚生労働省が共同で「新たな治験活性化5カ年計画」3)を作成し,治験中核病院・拠点医療機関の整備,人材の育成・確保,国民への普及啓発などを進めるとともに,「国際共同治験に関する基本的考え方について」6)を発出するなど世界的視野に立った治験の活性化に取り組んでいます.

 ところで,PMDAにおける審査業務の遂行に際しては,個々の医薬品の医療上の位置づけをはじめ,有効性・安全性などさまざまな要素を比較考量して行われます.その基礎となるものがレギュラトリーサイエンスです.

■レギュラトリーサイエンスの重要性

 レギュラトリーサイエンスは,その提唱者である内山充博士により,「我々の身の回りの物質や現象について,その成因と実態と影響とをより的確に知るための方法を編み出す科学であり,次いでその成果を使ってそれぞれの有効性(メリット)と安全性(デメリット)を予測・評価し,行政を通じて国民の健康に資する科学である」7)と定義されていますが,単に行政的な判断にとどまらず,日常診療において生じた問題点を解決する方策を考える上でも重要な要素といえます.レギュラトリーサイエンスを普及・推進するために,PMDAにおいても,連携大学院を始めとした関係者との連携や審査員としての臨床医の受入れなどの取り組みを行っています.

 PMDAは,人材の育成やプロセスの改善などでドラッグラグを一日も早く解消し,診療の現場に貢献できることを目指しています.

文献
1)厚生労働省医薬食品局:薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会(第1回)資料,2006
2)厚生労働省医薬食品局:第1回有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会資料,2008
3)文部科学省,厚生労働省:新たな治験活性化5カ年計画,2007
4)医薬品医療機器総合機構:対面助言のうち,新医薬品の事前評価相談に関する実施要領(薬機発第0331004号別添2),2009
5)厚生労働省医薬食品局:第1回医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議資料,2010
6)厚生労働省:国際共同治験に関する基本的考え方について(薬食審査発第0928010号),2007
7)内山充:レギュラトリーサイエンス―人生を健やかにする科学技術のコンダクター.厚生44,32,1989


日本製薬医学会(JAPhMed)とは
製薬企業の勤務医を中心に40年前に発足,現在は一般財団法人として大学・医療機関や行政に勤務する医師も含む約220名余の会員からなり,製薬医学(創薬から臨床開発・市販後のエビデンス構築にわたる医学の専門科)の確立を推進する医学会です.(http://www.japhmed.jp/