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第12回テーマ 主訴別の患者の診かた(7)
岩崎 靖(小山田記念温泉病院 神経内科) 「物忘れ」を主訴に受診する患者の診察において注意すべき観察ポイント,検査法,認知症でみられる各種症候について,前回概説した.認知症は疾患名ではなくさまざまな高次機能障害を含めた病態像と考えるべきで,その原因疾患はAlzheimer型認知症だけでなく多岐にわたる.今回は,認知症を呈する代表的な各種疾患の鑑別法について概説したい. ■認知症を呈する疾患の鑑別法治療できる認知症内科的治療が可能な認知症を呈する疾患としては甲状腺機能低下症,ビタミンB1欠乏症,神経梅毒などがあり,脳外科的処置により治療が可能な疾患としては慢性硬膜下血腫,正常圧水頭症,脳腫瘍などがある. ◆甲状腺機能低下症
◆ビタミンB1欠乏症
◆神経梅毒
◆慢性硬膜下血腫
◆正常圧水頭症
◆脳腫瘍
■アルツハイマー型認知症アルツハイマー型認知症(senile dementia of Alzheimer type:SDAT)は認知症の原因疾患として最も多く,約半数を占める. 【臨床的特徴】 多くは65歳以上の発症であるが,40歳台からみられる.発症からの平均余命は7~10年と考えられている.職場でのミスや,同じ話を繰り返すことにより気づかれることが多い.記銘力の低下を含めた認知機能障害のために日常生活に支障がある点と,緩徐進行し局所神経症候を伴わない点が特徴である. 進行性の記憶障害が臨床症状の中心であり,次第に場所や時間に関する見当識障害を示す.換語困難,語想起の障害は比較的初期からみられ,「あれ,あれ,あれだよ」,「これ,これ」のように指示語が多くなる.進行すると錯語(時計を「タケイ」と言う「字性錯語」,灰皿を「タバコ」と言う「語性錯語」など),語間代(「鐘が鳴るるるるる」のように語尾を繰り返す)がみられることもある.理解や判断力の障害,計算力の低下,着衣失行,視空間失認,相貌失認などの高次脳機能障害が次第に加わる. 性格変化,抑うつ状態,自発性低下,不安,徘徊,妄想,暴力,不潔行為,昼夜逆転などの周辺症状(BPSD)がみられることも多いが,幻視は少ない.妄想のなかでも「物盗られ妄想」は特に頻度が高く,女性に多い.財布や通帳などがなくなったと騒ぎ,介護者が妄想対象となることが多い.「自分の夫が偽物になって,本物はどこかに行ってしまった」という「カプグラ(Capgras)症候群」や,鏡に写った自分に話しかける「鏡現象」などの「人物誤認妄想症候群」を呈することもある. 歩行障害やパーキンソニズム,嚥下障害はかなり進行するまで出現しないが,末期には失外套症候群,屈曲肢位を呈し,摂食や排泄も困難となり寝たきりになる. 【検査のポイント】 問診に対する答えは流暢であるが,改訂長谷川式簡易知能スケール(HDS-R)を施行してみると予想外に低得点で驚くことも多い.遅延再生の項目(桜,猫,電車を数分後に想起させる)が初期から低下するのが特徴である.月日に対する見当識障害も比較的初期からみられるが,人物に対する見当識障害が出現するのはかなり進行してからである.質問の答えを間違えても「あーそうだ,そうだったね」と取り繕ったり,答えられなくても「そんなこと最近考えたこともないでねー」などと笑ってごまかす傾向がある.同席した家族に「どうだったかね」とふり返って聞く「head turning sign」がしばしばみられる.10時10分を指しているアナログの時計を描いてもらう時計描画試験(clock drawing test)は診断に85%の感度があるといわれる(図1).頭部CTやMRIでは側脳室の拡大(特に後角~下角),海馬の萎縮を認める. 【診断のポイント】 緩徐進行性の記憶障害に周囲が気づいて受診することが多い.患者には病識がないことが多く,家族や介護者からの病歴聴取が重要である. (つづきは本誌をご覧ください) |